5
シルヴィアは18歳に、エリオットは16歳になった。
エリオットは幼いころから変わらずに、シルヴィアのことを好きで居てくれていた。
けれど、シルヴィアの気持ちは変わっていた。
「エリーは、私のどこが好きなのですか?」
「全部。シルヴィーの愛らしい性格も見た目も」
「私をいつから好きなのですか?」
「そんなの覚えてないくらい前から」
「私を強く好きだと思う時はいつですか?」
「いつでも。どんな時でもシルヴィーが好き」
シルヴィアは、思わず冷ややかな目つきを返すようになってしまった。
エリオットの好きの中身には、具体性が無いのだ。
シルヴィアの全てを、無条件で受け入れているように感じた。
そうするとシルヴィアは、エリオットの愛情にますます小説の強制力を感じた。
**===========**
「…………」
「どうしたの? シルヴィー?」
無言で機嫌が悪そうにも見えてしまうシルヴィアと、そんな彼女を気遣って声をかけたエリオットは、美しく着飾って夜会に出席していた。
エリオットがいつものように、優しくエスコートをしてくれていた。
「今日も誰よりも綺麗だね。僕のシルヴィーは」
エリオットが、シルヴィアをうっとり見つめて褒めてくれた。
「…………」
シルヴィアはいつものクセで、冷たい目線を投げかけた。
それを見た周りの人たちが、口々に噂をする。
『エリオット王子がシルヴィア様を褒めていらっしゃるのにあの表情』
『なんて冷たい目つきなのかしら』
『まるで氷の女王だ』
…………
シルヴィアは最近、社交界で〝氷の女王〟と呼ばれていた。
エリオットに対する態度が、以前と比べてとても冷たく見えるからだ。
冷ややかな目付きでエリオットを見ると、彼は少しだけ悲しみを目に浮かべる。
ーーこんな関係のままじゃダメだ。
優しい彼を傷付けたくはない。
ただ私がワガママなだけ。
それは十分、分かってる。
…………
シルヴィアはそんな思いを抱えながら、エリオットのエスコートについていった。
この日の夜会は、シルヴィアの出身国である隣国からの王子も招待されて出席していた。
シルヴィアの兄であるサクレス王子だった。
周りの貴族からの視線に耐えかねたように、シルヴィアは1人でサクレスを挨拶しに行った。
「サクレスお兄様、お久しぶりでございます」
「久しぶりだねシルヴィア。すっかり美しい女性になったね。はじめは気が付かなかったよ」
サクレスが優しい笑みを浮かべながら、シルヴィアとの再会を喜んでくれた。
シルヴィアも自然な笑みを浮かべる。
「お兄様は、いつまでいらっしゃるのですか?」
「3日後まではいるよ。こちらの国でいろいろやらなきゃいけないことがあってね」
そんな感じで、久しぶりの兄と少し談笑して満足すると、彼の外交を邪魔したくなかったのでシルヴィアは引き上げた。
立ち去ろうとサクレスから少し離れた時に、誰かから呼び止められる。
「シルヴィア様」
「……ライザー」
見ると、サクレス王子の近衛であるライザーがいた。
ライザーは、シルヴィアの1つ上で、彼の母親がシルヴィアの乳母だった。
そのため、こちらの国にシルヴィアが嫁いでくるまでは、ライザーと兄妹のように育ったのだ。
「久しぶりですね。ライザーの立派な近衛姿が見れて嬉しいわ」
シルヴィアは、幼い頃のライザーを思い浮かべながらニッコリ笑った。
忘れたことなんて無かった。
少し意地っ張りで、頼もしかった、もう1人の兄のような人。
「……シルヴィア様も美しくなられましたね。俺の隣で、あどけなく笑っていた女の子だったのに」
ライザーがそう言って、はにかんだ。
「フフフッ。6歳とかでしたからね」
「そうやって可憐に笑う姿は変わりませんね。……けれど、シルヴィア様がこちらでは、あまり笑っていないと噂で聞きました」
ライザーが悲しげな笑みを浮かべて俯いた。
「…………」
シルヴィアも、少しだけ眉を下げて笑みを浮かべた。
おそらく〝氷の女王〟の噂が隣国まで伝わっているのだ。
「シルヴィア様。……その、こちらで暮らすことは、貴方の幸せになっていますか?」
体外的な社交の場なので、ライザーが言葉を選んでいる。
ーーこの国で過ごすことが、不幸なんじゃないかと心配してくれてるのね……
シルヴィアは、ライザーの優しい眼差しをしっかりと受け止め、笑みを浮かべた。
「幸せです」
「嘘ですね。シルヴィア様のその笑顔は、嘘をついてる時のものだ」
ライザーがそう言った瞬間、会場内にいる楽団の演奏が始まった。
ダンスの時間が始まったのだ。
辺りが喧騒に包まれる。
その騒がしさに乗じて、ライザーがシルヴィアだけに聞こえるように言った。
「辛くなったら、俺のとこに来いよ」
さっきまでと、がらりと変わったライザーの力強い目付きが、シルヴィアを捉えていた。
「っ!!」
彼の熱意を感じ取ったシルヴィアは、思わず息を呑んだ。
ーーーーーー
ライザーと別れてから少しすると、エリオットがシルヴィアを迎えに来た。
「シルヴィー、踊ろう」
彼は無邪気に笑うと、シルヴィアの手を取ってダンス会場の中に移動していった。
ちょうど、2曲目が始まろうとしていた。
2人は手と手を取って、優雅に踊り出した。
長年いつも一緒にいたのだ。
ダンスの息もピッタリだった。
「何を話してたの?」
ダンスの合間に、エリオットが少し首をかしげて尋ねてきた。
「お兄様がいつまでこちらにいるのか、とか他愛のないことを……」
「違う。近衛の彼と」
エリオットが少しだけ目線を逸らす。
「……あの方とは乳母が一緒だったから、幼い頃に兄妹のように育てられたの。お互い大きくなったねとか、こちらも他愛のないことよ」
「シルヴィー……」
シルヴィアの返事を聞いたエリオットが、悲痛な表情を浮かべた。
思わずシルヴィアは目を見開いた。
いつも優しい笑顔を浮かべるエリオットの、こんなに悲しげな表情は珍しかった。
エリオットがその泣き出しそうな表情のまま呟いた。
「僕を置いていかないでね」
ーーーーーー
シルヴィアはエリオットの心の叫びを聞いて思った。
思ってしまった。
『もう限界だわ』
エリオットからの愛情を、疑ってしか見れなくなってしまった。
何を聞いても、彼が言わされているように感じてしまう。
そんな私の態度が、エリオットを深く深く傷付けてしまっている……
このまま一緒にいると、お互い不幸になってしまう。
だから……
…………
シルヴィアはこの日、自分の運命を変える決心をした。