2
シルヴィアは12歳に、エリオットは10歳になった。
2人は相変わらず仲睦まじく、いつも一緒に過ごしていた。
身長もエリオットがシルヴィアよりも少しだけ大きくなっており、だんだんと逞しい少年へと成長していた。
ただ困ったことが起きてきた。
2人はお互い一緒にいることを優先しすぎて、あまり勉強や王族としての公務をこなさなかった。
「シルヴィーが寂しがるから離れたくない」
エリオットがそう無邪気に笑いながら言うと、周りの従者たちはあまり強く言えなくなってしまう。
「エリーと一緒ならいいわよ」
シルヴィアが少し拗ねながら言うと、妃教育を受けてほしい先生たちは、たじろんでしまう。
そして結局は、2人は第二王子とその妃というスペア的な立場であるため、好きにさせて貰えるのだった。
たまに社交という名のお茶会に出ても、2人でイチャイチャしているためか、誰も近付けなかった。
「シルヴィー、このお菓子も美味しいよ。食べてごらんよ」
エリオットが優しく微笑みながら、フォークに刺したお菓子を差し出してきた。
そして、小さく口を開けたシルヴィアに食べさせてあげる。
「……本当ね。美味しいわ」
シルヴィアが、扇で口元を隠しながら感想を言った。
「食べてるシルヴィーも可愛いね」
「私もエリーに食べさせてあげる」
こんな調子で2人の世界によく入っていた。
そうしてシルヴィアとエリオットは、周りの人々から現を抜かしている愚か者のレッテルを貼られていった。
**===========**
王宮の庭園で、シルヴィアとエリオットがいつものように2人だけでお茶をしていると、アーサー王子が通りかかった。
アーサーはエリオットの兄であり、この国の王太子だった。
シルヴィアより3歳年上の彼は、常に威圧的な王子だった。
金髪碧眼の彼は、いつも気難しい顔をしており、せっかくのカッコ良さも台無しだな、とシルヴィアは思っていた。
護衛や従者を数名引き連れたアーサーが、シルヴィアたちを見て立ち止まった。
「……ふん。いい気なもんだな」
そして吐き捨てるように言った。
エリオットを見るその目には、憎しみの色が見えた。
「お前たちが遊んで暮らせるのは、誰のおかげだと思っているんだ」
アーサーがため息をつく。
「…………」
思うところがあるのか、エリオットが俯いた。
アーサーは頼りにならない第二王子の分も自分が頑張らなくてはと、気を張り詰めていた。
だから余計に、その原因であるエリオットにつらく当たるのだった。
「まったく。このままだとお前に何も任せられずに、結局僕1人が全てを担うことになるじゃないか」
アーサーがそう言いながら、チラリとシルヴィアを見た。
彼と目があった瞬間、不思議な現象がシルヴィアに起きた。
【『少しは王族としての責務を果たしてくれないか』とアーサーは思わず5つ年下の弟に冷たく言ってしまった】
シルヴィアの頭の中に、一節が浮かんだ。
「少しは王族としての責務を果たしてくれないか」
目の前にいるアーサーがそう言い捨てると、少しだけバツの悪そうな表情になった。
「…………!!」
シルヴィアは人知れず、目を見開いて驚いた。
ーー何かしら?
頭の中に浮かんだセリフをアーサーが言ったように感じたけれど……
動揺する中、シルヴィアが意識を目の前の兄弟に戻すと、アーサーは話を終えたようだった。
彼はきびすを返し、来た時と同じように人々を引き連れて去っていった。
「……何だったのかしら?」
シルヴィアは遠くなっていくアーサーの背中を見つめながら呟いた。
「どうしたの?」
エリオットが、様子のおかしいシルヴィアの顔を覗いている。
「なんでもないわ」
シルヴィアは慌てて笑顔を作った。
きっと、気のせいよね。
ーーーーーー
けれど、それからも同じような現象がたびたび起こった。
どれも決まってアーサーがいる時だった。
彼の言葉や行動が、先にシルヴィアの頭の中に文章として浮かんだ。
シルヴィアはそのたびに考え込んだが、何かを思い出しそうで思い出せなかった。
「シルヴィー、最近よく何か考えてるけど、どうしたの?」
ソファに隣り合って座っているエリオットが、シルヴィアの方を向いて手をそっと握ってきた。
「…………」
「アーサーに言われたことを気にしてるの?」
「そうじゃないの……」
「……じゃぁいつものシルヴィーみたいに笑ってよ。僕、シルヴィーの笑顔が大好きなんだ」
エリオットがそう言ってニコニコ笑いかけてきた。
いつもの優しいエリオットの眼差しを受けて、シルヴィアも自然と笑みを浮かべる。
「私もエリーの笑顔が大好きよ」
そして2人はいつものように微笑みあった。




