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「失礼します。シーツの取り替えに来ました」
エリオットの寝室に入る了承を得るために、リタが執務室に訪ねてきた。
「いいよ。どうぞ」
執務机に向かっているエリオットが、リタみたいに俯きながら答えた。
「ありがとうございます」
リタは、エリオットの様子がいつもと違うことには気付かず、寝室の方へと消えていった。
「……エリオット……お前……」
執務室のソファで書類を確認していたクリフが、思わずエリオットを呆れ顔で見た。
「……何?」
「何じゃねーよ。そんな顔を真っ赤にさせて」
「昨日……」
「??」
「昨日自覚したんだ」
「おっそ!」
クリフが大げさに驚いた。
「クリフは気付いてたの?」
「まぁ気に入ってるなーぐらいだったけどな」
すると、クリフがエリオットの近くに来た。
「でもどーする気なんだ? リタを側室にでもするつもりか?」
クリフが小声で喋った。
2つ隣の部屋で、リタが仕事をしているからだった。
「今はそんなことまで考えてないよ」
エリオットは眉を下げた困惑した表情でクリフを見た。
「でもどうするんだよ? お前はクローディア様と結婚するんだろ?」
「…………」
「しっかりしろよ。言っとくけどな、リタじゃ無理だぞ。第二王子の妃には」
「……分かってるよ」
兄アーサーが好きな相手を選んで結婚した。
そのため貴族間でのバランスなどが考慮され、エリオットの相手はある程度決められていた。
だから、エリオットが好きな相手を自由に選ぶことは出来なかった。
本当に、どうしたらいいんだろう……
エリオットは途方に暮れていた。
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「エリオット様。 最近調子が悪そうですが、大丈夫でしょうか?」
気が付くと、掃除をしにきたリタが、近くでエリオットの顔を覗き込んでいた。
「……っ大丈夫だよ」
執務中だったエリオットは、顔を赤らめながら書類に急いで目線を落とした。
「お顔が赤いので、熱があるんじゃないでしょうか? お医者様をお呼びしましょうか?」
リタが眉を下げて心配そうに揺れてる瞳を向けてきた。
彼女のメガネの奥の綺麗な瞳を、こんなにしっかり見たのは初めてだった。
「…………」
エリオットは吸い込まれるように、その瞳をジッと見ていた。
そして無意識に手が動いた。
「あっ……」
リタが驚いた声をあげた。
エリオットが、リタのメガネを外したからだった。
途端に真っ赤になってリタは俯いた。
「ごめん! リタのメガネを取った顔が気になったから……」
エリオットは慌ててメガネをリタに返した。
「……イタズラは辞めて下さいね。メガネが無いと良く見えないんで困るんです」
リタが、メガネをかけ直して俯きながら微笑んだ。
「今日はお疲れのご様子。今からゆっくり休んで下さい。夕食の準備や湯浴みの準備を早めるように、他の従者にも伝えておきますから」
リタが穏やかな声でエリオットに伝えた。
長い前髪に隠れがちだが、エリオットを慈しむ優しい笑顔を浮かべていた。
エリオットは気付いた。
リタの、ニコニコ笑っている姿が好きだった。
僕に無償の親愛を向けてくれて、暖かい太陽のように包み込んでくれる優しさが心地よかった。
いつも僕を気にかけてくれて、優先してくれて、支えてくれてた人。
これからずっと一緒に生きていくなら、リタがいいと思ってしまった。
「では、失礼します」
目の前のリタが、ペコリと頭を下げた。
「待って」
背中を向けたリタの腕を、エリオットは思わず掴んでしまった。
振り向いたリタと目線がかち合う。
「リタ……」
エリオットはリタを切な気に見つめたまま、何も言えなくなってしまった。
なんて言えばいいんだろう。
好きだと気持ちを伝えて?
彼女の気持ちも聞いて?
それから……
リタを側室にしたいと言うのか?
「何でもないよ」
言葉を失ったエリオットは、リタの腕を離した。
「?? 体調が悪くて心細いんでしょうね。やっぱりお医者様を手配しますので、しっかり休んで下さいね」
リタがニコッと笑うと、ペコリともう一度頭を下げて出て行った。
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このとき何も伝えなかったはずなのに、何かを感じ取ったリタは、次の日から配属を変えていた。
エリオット専属を外れて、誰の専属でもないメイドになっていた。
エリオットはリタに、しばらく会えなくなってしまった。
「どういうこと?」
エリオットは、執務室に来たクリフに詰め寄った。
「どうもこうも、リタは賢いやつだよ。エリオットが結婚して落ち着くまでは専属を外れたいんだと。俺に相談にきたぜ」
「……落ち着くまで?」
「そうだ。お前に仕えたい気持ちは変わらないからだそうだ。良かったな主君冥利に尽きるっていう感じか?」
「…………」
リタはあくまでもメイドとして、エリオットと付き合っていきたいようだった。