ご感想に応じて、外伝追加(新嘗祭5)
決して速いペースではない。優雅でもない。宮司が口元に一口ずつ放り込む大学芋を、モゴモゴと口を動かし、涙を流しながら、必死の形相で嚥下するだけ……。ただ、その鬼気迫る形相を参拝者たちは拝み、言いようのない感動を味わっていた。
この巫女は今、本気で、私たちのために、自らの限界を超えてなお、頑張ってくれているのだと。これだけの胃袋を育てるまでに、長い間、過酷な修行を重ねてきてくれたのだと。こんな胃袋を持ってなお、納めきれない食料を、必死で受け入れようと、足掻いてくれているのだと。
「ありがとうございます……」
「巫女様、ありがとうございます……」
群衆の励ましは、いつの間にか感謝の言葉に変わっていった。巫女はそんな声ひとつひとつに応えるように、飲み込み、口を開き、口を動かし、また飲み込む。何度か意識が失われ、そのたび禰宜が水をかける。中空を見つめたままの巫女は、もはや自分が何を食べているのかすら、認識していないようだった。巫女のペースは極めて遅く、口以外はほとんど動かない。それでも口を動かすことだけは、決して止めようとはしなかった。
時刻が23時55分を回った頃、宮司が最後の参拝者を指名する。指名されたのは杖を突き、新米の握り飯を掲げた老婆で「ありがたや……ありがたや……」と繰り返しながら、周囲に支えられ祭壇に上がってくる。息絶え絶えな巫女に、息の上がった老婆の握り飯が届けられた。巫女がギュッと目を瞑って新たな握り飯を二口頬張ったところで、長い一日の終わりを告げる鐘が鳴り始める。
巫女は堪忍したように口を開き、宮司がその口に握り飯を押し込んだ。ハムスターのように膨らんだ巫女の頬の中へ、大きな握り飯が丸ごと嵌め込まれた恰好である。巫女の背中は反り返り、鳩尾から巨大な胃袋が思い切り飛び出している。鉄球のように固いその胃袋はスペースを求めて前後左右に大きく膨らみながら、思い切り開いた膝近くの太腿に接し、脚の付け根へとつながっていた。臍は裏返り、皮膚には血管と妊娠線が浮かび、ミシミシと内臓のしなる音が聞こえてきそうだ。
そんな胃袋の中に巫女は、最後の力と気力を振り絞って、老婆の願いが込められた握り飯を押し込む。会場が再び温かな拍手で包まれ、老婆が礼を言って、ゆっくりと祭壇を降りた。老婆が祭壇から降りきったのを確認して、神主が巫女の前に大きな盃を置く。神よ、我々の感謝は十分だっただろうか。十分だったならば、お隠れになることなく、この地にしばらく留まりください。我々の巫女の身でもって、あなたの意志をお示しください……そんな内容の祝詞を神主が述べ、一升の甘酒を再び、盃になみなみと注いでいく。最後の握り飯を飲み込んだきり、開くことができない巫女の口を左右の禰宜が無理矢理こじあけ、宮司が甘酒を一口、巫女に含ませたところで、巫女は完全に意識を手放した。
「よかった、よかった……」
「太陽の神様は満足なさった……」
「これで今年も安泰だ……」
人々は口々に呟いて、神社を後に帰路に就く。凄い、偉い、よくやった、これは元旦も楽しみだと、口々に巫女を誉め称えながら……。
(また、ご感想次第では、過去に書いた小説の外伝追加をするかもしれませんが、ひとまず、完)
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