『金喰い令嬢』の気持ち
わくわくしながら出勤したルチナだが、残念ながら本日ヴァレリアンは急遽出張に出かけてしまったらしく、数日は帰ってこないということだった。
(……仕方ない。帰ってこられたときに、お渡しすればいいよね。腐るものでもないし)
そう思いながら仕事をして帰宅したルチナだったが、メイドが「本日のお手紙です」と言って持ってきた手紙の束を見やり、ふと眉根を寄せた。
ルチナは、家に届く手紙はまとめて夕方に持ってくるよう命じている。そして、中に明らかに刃物などが入っていない限りは検閲などもしなくていいと言っている。
友人や家族などから届いた手紙に交じり、ひとつ、気になる文字のものがあった。それを抜き取って裏返すが、送り主名はない。
(でも、この文字は……)
部屋に向かって真っ先に、その手紙の封を開ける。中に入っていた便せんを取り出したルチナは――げっ、と顔をしかめた。
(これ、ヘンリックからだ! どうして今更……)
便せんにも、送り主を明確に示す言葉はない。だが、「僕の愛するルチナへ」といけしゃあしゃあと書いているその「ルチナ」の書き方などは、あの元夫と全く同じだった。
ヘンリックの現在のことはよく知らないし、知りたくもなかった。四年ほど前はルチナの仕事中に屋敷の周りをうろうろしていた姿が見られたようで、ちょうど様子を見に来てくれていた従兄がふん捕まえて投げ飛ばしてくれたそうだが、本当にそれっきりだ。
便せんには、「君と会えなくなって五年の月日が流れた」とか、「残酷な運命が僕たちの愛を引き裂いてしまった」とか、「君もきっと今は、僕がいないことに寂しく思っているのだろう」といった、どこの口が言うんだと突っ込みたくなるようなポエムがつらつらと連ねられていた。
(あの胸の大きな恋人とよろしくやっているのだと思っていたけれど、そうでもないのかな)
便せんの裏に落書きをしながら、ルチナはぼんやりと考える。
離婚直後は「この悪魔が!」「金の亡者!」「血も涙もない魔女!」と散々ルチナを罵ってきたのだが、五年の月日は彼の頭の中を都合よく掃除してしまったのかもしれない。もしくは彼の中では、「自分たちは本当は好き合っていたのに仕方なく別れた」ということになっているのかもしれない。
(お父様や伯父様たちには、伝えておこう。……まあ、私がなびくことは絶対にないし――)
『ルチナ』
そう、頭の中に響いてきたのはあの憎きヘンリックの声ではなくて、嬉々としてゼロの活躍をアピールする若き将軍の声。
ルチナはため息をつき、ぐしゃっと手紙を握りつぶしてゴミ箱に放った。
ヴァレリアンたちが城に戻ってきたのは、彼らが急遽出発して六日後のことだった。
アニエラが言うに、毎年定期的に行われる地方監査でちょっとした問題が起きたらしく、その地方の担当をしているヴァレリアンも出向かなければならなかったそうだ。彼の将来にひびが入っては……とルチナはやきもきしたのだが、結局話は丸く収まったとのことでほっとした。
仕事を終えたルチナは、すぐさま本城の方に向かった。アニエラや同僚たちも、今日は珍しくルチナの方がヴァレリアンを探していると知っているので、「頑張っておいで」とにこやかに送り出してくれた。もう彼女らには意地を張っても仕方ないと思っているので、ルチナもいろいろ諦めている。
「……将軍閣下!」
「ルチナ?」
ヴァレリアンの姿が見えたので駆け寄る――が、彼はまだ将軍のジャケットを着ていた。つまり、仕事中だ。
ラッピングした袋を胸に抱えていたルチナだが、振り返ったヴァレリアンと視線が合うとすぐに浮き足立った心を押さえつけ、お辞儀をした。
「お疲れ様です、将軍閣下。お仕事中、お声かけして失礼しました」
「……いや、気にするな。用事があるなら――」
「いえ、ご挨拶だけできれば十分です。……では、失礼します」
ヴァレリアンは気を遣ってくれたが、仕事中の彼を引き留めるわけにはいかない。
(また、今度にしよう。ヴァル様も今日は、お疲れだろうし……)
「ルチナ!」
お辞儀をしてきびすを返したルチナだが、焦ったような声に呼び止められて足を止めた。
振り返ると、何やら悩ましげな表情のヴァレリアンが。
「……今夜、同じ時間にあの場所で会おう!」
「……えっ」
思わず聞き返すが、ヴァレリアンは誰かに呼ばれたようで足早に去って行ってしまった。
残されたルチナは、ぽかんとする。
(……同じ時間に、あの場所――)
漠然としすぎているが……ルチナとヴァレリアンの間で待ち合わせをしたのは一度しかない。
(今日の夜、あのレストラン……)
こく、とつばを呑み、ルチナはラッピングされたブックカバーをぎゅっと抱きしめた。