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『金喰い令嬢』と贈り物

 一日の仕事を終えて王女の部屋を辞したルチナは、一人きりになった廊下で大きなため息を吐き出した。


 仕事中は雑念を振り払えるのでよいのだが、こうして静かな場所で一人になるとどうしても、いろいろな事柄が頭の中に浮かんでしまう。

 もちろん、現在彼女を一番翻弄させているのはヴァレリアン・クロム将軍だ。


(……私も本当は、手紙だけではなくて直接萌え語りをしたい)


 直接なら身振り手振りを交えられるし、「このページのシーンが素敵」と、該当箇所を示すこともできる。それに、話をしているときの相手の表情も見えるので、次にどんな話題を出そうかとか、彼がルチナの話のどの部分に食いついてくれるのかとかがよく分かった。


 もう一つため息をついて、ルチナは廊下を歩く。

 彼女は元夫と美女からふんだくった金で小さめの屋敷を買っており、普段そこで生活している。

 両親以上に伯父と従兄弟たちが「可愛いルチナに何かあるのではと心配だ!」と言っており、引っ越し当初は三日に一度は彼らのうち誰かが顔を出してきたが、最近はそれもなくなった。若い頃ならともかく、二十六歳になったルチナをわざわざ襲おうとする者はそうそういないだろう。


「……ルチナ!」

「……」


 聞き覚えのありすぎる声にギクッと身を震わせた隙に、相手は一気にルチナとの距離を詰めてきた。それはもちろん、麗しの将軍閣下である。


 彼も仕事上がりなのか普段の豪奢なジャケットを脱いでそこらの騎士と変わりない制服姿になっているが、それくらいで高貴な血を継ぐ彼の美貌は一切損なわれたりはしない。


「あなたも帰りだったか」

「……そう、です」

「奇遇だな。俺は宿舎棟なのだが……そこまで、一緒に歩かないか?」

「……あの、将軍閣下」


 呼び止めるとヴァレリアンは、「ヴァルがいいのだが……まあ仕方ないか」とつぶやきながら、振り返った。

 呼んだのはいいものの、言いたいことがうまく出てこず……結局、ルチナは本質から外れたことを唇に乗せた。


「……先日の、馬車の運賃。お返ししなければと思っておりまして……」

「うん? ……ああ、あれか。いい、あれは俺からのおごりみたいなものだ」

「おごられるわけにはいきませんよ!」


 ルチナは主張するが、ヴァレリアンはからりと笑った。「氷華の将軍」と呼ばれる人とは思えないほど、爽やかで人なつっこい笑顔だ。


「俺が好きで支払っただけだ。だから、返してもらう必要はない。俺こそ、あの日はとても楽しい思いをさせてもらったからな」

「しかし……」

「解せないか? ううむ……どうしてもというのなら……そうだな。では、代わりにほしいものがあるからそれで手を打ってくれないか?」

「分かりました。宝石でいいですか?」

「宝石はいらない。ほしいのは……あなたが作ったブックカバーだ」

「……ブックカバー?」


 何のことかと問い返したが、思い出した。

 先日レストランに行ったとき、ルチナは「閃火の剣」最新刊にお手製のブックカバーを巻いていたのだ。どうやらヴァレリアンは同じ本を四冊買うファンらしいが、ルチナは一冊だけ買って大切に使う派だった。


(でも、あのブックカバーは自分用で……)


「ええと、つまり……あなた用のブックカバーを作ってほしいと?」

「ああ、そうだ」

「……どうしましょうか。私、紙製ならともかくしっかりした布製のブックカバーを作れる自信がありません」

「紙でいい。それこそ、この前あなたが持っていたものみたいなのがいい」

「だめでしょう!?」

「いや、俺はそれがいいんだ。俺はそこそこ力も強いしあまり丁寧な性格ではないから、本をすぐにへろへろにしてしまう。だがあなたが作ったブックカバーを巻いていれば、『読書用』とはいえもっと長持ちするだろう」


 読むだけでへろへろになるというのが少し信じがたいが、ヴァレリアンのまなざしは真剣だ。


(馬車の運賃と釣り合うためには、豪華な装丁にしないとだめだけど……でもそんなものを贈っても、きっとヴァル様は受け取ってくださらないし……)


 結果ルチナが折れるしかなくて、それを聞いたヴァレリアンは「楽しみに待っているぞ!」とうきうきしながら言っていた。

 本当に、「氷華の将軍」らしからぬ仕草であった。










 ルチナは帰宅前に、画材店に寄った。

 ルチナ本人はあまり絵画などには興味がないのだが、アニエラ王女が水彩画などをも得意としていることもあり、彼女のための画材を買いに行ったりするので常連だった。


 店主はいつものように王女の使いかと聞いてきたので、今回は自分用だと言って包装紙のコーナーに向かった。


(どんなものにしようかしら……)


 彼のことだからきっと、「閃火の剣」シリーズに使うのだろう。ならばせっかくだから、「閃火の剣」にちなんだものを作りたい。


(あ、そうだ。ヴァル様はゼロが好きだって言っていたから、彼をモチーフにしたものにしよう!)


 主人公の幼なじみであるゼロのイメージは、太陽。髪は金髪で性格も明るい兄貴分で、彼がいつもは羽織っているジャケットの背中部分には太陽のようなマークがあるという。

 だが残念ながら、太陽の模様入りの紙は売っていなかった。そこでゼロの髪色のイメージに一番近そうな厚手の紙を買い、持って帰ったそれを太陽の形にくりぬいて薄い色の裏紙に貼り付けてみた。


(うん、想像以上に可愛くできた!)


 ヴァレリアンは可愛いものには興味ないかもしれないが、ゼロイメージだと言えばきっと気に入ってくれる。


「閃火の剣」最新刊を使って寸法も合わせて、自分用のものよりも丁寧に裁断する。端を折り曲げて糊でくっつけ、少しでも華やかになるように折り目や裁断面をテープで隠した。


「できた!」


 しばらく乾燥させてから広げたブックカバーは、なかなかどうして素晴らしいものになってくれた。どちらかというと手先が不器用な方の自分にしては、傑作と言える。


 せっかくだから自宅にあった包装紙でブックカバーを包み、リボンも結ぶ。

 ……結んでから、「これはやりすぎか?」とも思ったが、やはりブックカバーそのままを渡すよりはラッピングした方が喜ばれるだろうと思い、きれいに仕上げた。


(……いつもは、ヴァル様に会ったら気まずいと思っていたけれど……今は、とても楽しみ)


 仕事用の鞄にブックカバー入りの袋を入れて、ふふ、と笑う。


 ルチナは、気づいていなかった。

 最初は、「馬車代の代わり」という目的だったはずなのに、いつの間にか「ヴァレリアンに喜んでもらう」というのが目標になっていたことに。

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