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『氷華の将軍』の憂鬱

 ヴァレリアン・クロムは、とても疲れていた。


「見て、クロム様がいらっしゃるわ」

「さすが、『氷華の将軍』。凜とした横顔がとっても素敵だわ」

「確か、今年で御年三十歳だったかしら?」

「若くてだらしのない貴公子より、将軍のような落ち着いた大人の男性の方が、わたくしは好きだわ」


 ヴァレリアンの姿を見た令嬢たちが、こそこそと噂話をしている。どれも、ヴァレリアンへの悪口などではなくむしろ褒め言葉なのだが――それを聞かされた本人の表情は浮かない。


 ヴァレリアンが執務室に向かうと、そこで作業をしていた若い騎士たちがざっと立ち上がって一礼した。


「お疲れ様です、将軍」

「方々から届いた手紙の仕分けや勤務報告書の修正など、ご指示のものは全て終わりました」

「ああ、ご苦労だった。……おまえたちも朝から籠もりっぱなしだろう。休んでこい」

「しかし、将軍はまだ執務を――」

「命令だ。全員ここから出て行け」


 食い下がろうとする部下に冷たく言い放つと、ヴァレリアンはどかりと椅子に腰掛けて目を閉ざした。

 その姿を見て部下たちは、「将軍もお疲れなのだろう。ここは、さっさと出て行くべきだ」と判断したようで、皆一礼して去って行った。


 ――執務室内では粛々と仕事をするだけだった部下たちだが廊下に出るなり、「今日も将軍は格好いいなぁ」「あれって、オレたちのことを気遣って言ってくださったんだよな?」「格好いいだけじゃなくて優しいとか、最高の上司じゃん」とわいわいしゃべっているのが聞こえた。


 彼らにはそのつもりはないのだろうが嫌でもその声が聞こえてきて、ヴァレリアンは大きくため息をついて目頭を指先でもんだ。


 ヴァレリアン・クロム、三十歳。ここザイエンス王国の騎士団において将軍職を賜っている。

 髪は日の光を浴びると白にも見える金色で、きりりとした緑色の目は目つきこそ少し気難しそうで眉間にもしわが寄りがちだが、目尻を緩めると一気に穏やかそうな表情になる。


 公爵家の縁者である彼はいわゆるエリート枠として騎士団に入ったため、最初の頃は「コネで入った良家のお坊ちゃんのくせに」と冷たい目で見られていた。

 だがヴァレリアンは自分の出自におごることなく研鑽を積み、上司には確かな敬意を払い部下には厳しくも的確な指示を出す、優秀な騎士に成長した。


 体質の問題なのかガチガチマッチョにまではならなかったし身長も平均程度だが、細く引き締まった体躯と高位貴族らしい優美なかんばせ、そして寡黙で少々不器用ながらも誠意のある彼を慕う者は多く、彼が二十八歳にして将軍職を賜った際にも反対する者は皆無だったという。


 また彼は恵まれた才覚を持ちながらもストイックな性格で、女性関係にも慎重だった。これまでに幾人もの令嬢たちが果敢に彼にアタックしたものの、よい返事をもらえた者は一人もいない。

 しかも彼は断る際も、「あなたはこれほどまでに可憐で美しい方なのだから、私のような朴訥な男よりももっと素敵な男性と結ばれるべきだ」と女性をこれでもかというほど相手を立ててやんわりと断るので、むしろ一層将軍に熱を上げる女性もいるとかいないとか。


 そんな彼の渾名は、「氷華の将軍」。

 氷のように冴え冴えとしてかつ華やかな美貌を持つ、人気者の将軍閣下。


 ……ということで、やることなすこと全てが好意的に捉えられて人気を爆上がりさせているヴァレリアンだが。


「……疲れた。早く帰って、本を読みたい……」


 部下たちがいなくなった部屋に、ヴァレリアンの情けない声が響いた。


 ヴァレリアンは自ら志願して騎士団の門を叩き、出自で煙たがられないよう地道な努力を重ねて将軍職にまで上り詰めた。

 格好いい騎士になってこのザイエンス王国を守るのだ、という子どもの頃からの夢が叶ったのだから、これ自体にはなんの後悔もない。


 ……問題は、自分がやたら目立ってしまったことだった。


「何が『氷華の将軍』だ……あんな名で呼ばれても俺は嬉しくない……! 普通にクロム将軍でいいのに、なんでわざわざあんなキラキラした渾名で呼ぶんだ……!」


 デスクに突っ伏したヴァレリアンは、くぐもった声でうめいている。


 あの「氷華の将軍」とかいう渾名は決して、彼が名乗り始めたわけではない。誰が犯人かは分からないがここ一年ほどの間に呼ばれるようになり、今では「クロム将軍」より「氷華の将軍」と呼ばれることの方が多くなったくらいだ。


 騎士の中には、格好いい渾名で呼ばれることを願っている者も多いそうだが、ヴァレリアンはそうではない。そもそも彼は決して目立ちたがり屋ではなくて、将軍とはいえストイックにコツコツと地味に仕事をしていければ、と思っていたくらいだ。


 それなのに、あんなキラキラした渾名を付けられ、ひとりぼっちでくつろぎたいだけで部下を追い出したら「部下思いだ」と感動され、さっさと家に帰って本を読みたいから仕事を最速で仕上げただけなのに「仕事のできる男」だと過大評価されて、ヴァレリアンは参っていた。


 本来の彼は仕事以外なら圧倒的インドア派で、いい年になってと言われてもしかたないと思いつつも冒険小説などを読むのが好きなのだ。将軍になったのも、子どもの頃に読んだ騎士譚に憧れたというのが最初のきっかけなのに。


「……早く帰りたい」


 麗しの将軍は、大きなため息をついたのだった。

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