14.アイラの挑戦
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
連続で二話投稿します。
アイラはシューバットから、父が勝手にポナー家に縁談を申し入れていたことを知らされた。
その場で「お父様!」と叫び出さなかっただけ、自分を褒めてあげたい。
しかし、執務室を飛び出して、屋敷にいない父を探し出すという失態を犯してしまった。
慎重に、そして確実にシューバットの心を掴もうと思っていたのに、アイラの恋心に気付かれてしまったら父はどう責任を取るつもりだったのだろう。
父はこっそりと裏で動いていたようだけど、シューバットに知られてしまったら意味がない。
ただ、縁談話をポナー家にしたということは、父がシューバットとアイラの結婚を認めてくれていることになる。
それは少し、いや、かなり嬉しかったけど、絶対に口には出さない。
父の悪戯にアイラは猛抗議した。
しかし、父は「シューバットを手放すつもりがないというなら、徹底的にやりなさい」と悪い顔でニヤリと笑う。
一緒に話を聞いていたセバスは「逃げられないように正式に申し込んで、外堀を埋めておくべきでしょう」と至極当然のように言う。
シューバットをブルーム家に迎えるべく、アイラ以上に周りの人達が着々と準備を進めていることに気が付いた。
後は本人をアイラが骨抜きにすれば、全てが丸く収まる。
一年という約束だったのに、皆に急かされている気がしてならない。
そんなことを頭の端で考えながら、机に向かっていると執務室の扉がノックされる。
シューバットかとドキリとしたが、平静を装って入室の許可を出す。
入って来たのはセバスだった。
「アイラお嬢様、お話があるのですが少しよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
動かしていた手を止めて、にこやかに笑っているセバスを見上げる。
まさか、また縁談話絡みじゃないでしょうね、と思いながらごくりと息を飲み込む。
性格の悪い男から何を言われるのか心構えをしながら、次の言葉を待った。
「三か月後に国主催の夜会があるのはお嬢様もご存じですね?」
「王妃様の誕生日パーティーね」
「はい。そのためにそろそろ夜会の準備をするべきかと思われます」
「そうね」
ドレスは少し前に何枚か頼んだけど、アイラが求めている宝石はまだ手に入っていない。
今持っているドレスは金や青が入っているものが多く、今後着る予定もないから生地に戻して孤児院に渡せば役に立つはずだ。
雑巾ぐらいにはなるだろう。
婚約破棄以降は社交界からは遠ざかっていたけど、いつまでも避けているわけにはいかない。
国の大切な行事に公爵家の娘が欠席すると、今以上に中身のない噂が出回る。
貴族達の間で「可哀想な令嬢」、「捨てられた令嬢」とおかしな呼び名が広がっているらしい。
シークから教えられた時は思わず笑ってしまった。
一体誰の話をしているのか、と。
「アイラお嬢様はシューバットをどの立ち位置で出席させるおつもりですか?」
「もちろん、け、けっこ…ん相手として、エスコートしてもらうわ」
「では彼には最低限の礼儀作法と貴族の名前、関係性を叩き込むことにいたしましょう。ダンスも必要ですね。アイラお嬢様にはダンスの練習のお付き合いをお願いしたいと思います」
「当然よ!」
にこやかな顔でシューバットを婿として育てるために計画を立てているセバス。
この場で考えたようには思えないから、前もってすでに動いていたのだろう。
教師役はセバスが務めるつもりなのだろうか。それとも誰かを雇うつもりだろうか。
最低限とはいうが、みっちりと教え込みそうな気がする。
随分と過酷な時間になりそうだけど、シューバットは平気だろうかと心配になった。
「セバス、シューを泣かせたら絶対に許さないわ」
「…彼はそんなに柔ではありませんよ」
セバスの藍色の目をジッと見返して訴える。
しかし、毒舌なセバスから飛び出してきた言葉に驚いた。そして誇らしくもなった。
護衛騎士として着々と腕を上げて評価を高めているようだし、シューバットの価値を皆が分かってくれている。
アイラも負けていられないと気合を入れ直した。
一方でセバスは、シューバットがアイラを守るために言うはずのセリフがことごとく取られていることに頭痛がしていた。
・◇・◇・◇・
父達に後れを取るわけにはいかない。
アイラはシューバットともっと関係を深めようと思っていた。
しかし、セバスと王妃の誕生日パーティーの話をして以降、彼と会う時間が減った。
シューバットは訓練以外にも色々とやることが増え、お茶をする時間も取れなくなってしまったのだ。
そもそも、安全な公爵家の中で護衛が一緒に歩いているのが本来ならおかしい。
シューバットが来る前は屋敷内でエスコートなんてされていなかったし、食事も一人で取ることが当たり前だった。
シューバットが傍にいないことに寂しさを覚えながらも、公爵令嬢の婿になるには必要なことだとセバスやシエナに言われたら、我慢するしかない。
シューバットは今日休みだから会いに行きたいけど、日頃の訓練やセバスの厳しい教育に疲れているはずだからゆっくりとさせてあげたかった。
そして現在、雲一つなく晴れ渡る青空に見守られながら、アイラはあることに着手していた。
足首まである黒色のスラックスに、白いシャツ、膝近くまである長いブーツ、ツバの広いガーデンハットの中に束ねた髪を入れた姿で屋敷の庭に仁王立ちしている。
こんな格好をしたのは幼い頃に乗馬の練習をして以来だった。
慣れない服装に違和感を覚えるが、畑仕事を生業にしている者はこれに近い格好をしているはずだ。
アイラの後ろではシエナが日傘のハンドルを両手で硬く握り締め、ハラハラした様子で控えている。
「始めるわっ!」
アイラの隣には庭師に無理を言って用意させた土を耕すための農具に、庭師に嫌がられながら探してもらったじゃがいもの種芋がある。
じゃがいも畑にするために、綺麗なバラが広がる庭の一部を譲ってもらう。
広くなくて良いと言ったけど、庭師はなかなか首を縦には振ってくれなかった。
しかし、腕の良い庭師は最終的にはアイラの願いを叶えてくれた。
アイラは庭師から場所が空いたと連絡を受けてから、彼の姿を一度も見ていない。
お礼をするために彼の居場所をシエナに聞いたら、庭師は寝込んでいると教えられた。
良く効く薬を渡すようにお願いした。
「お嬢様、やっぱりやめた方が…」
「シューの好きな花を咲かせたいのよ」
「そんなことをアイラお嬢様がする必要はありません!」
シエナにはシューバットに内緒でじゃがいもの花を咲かせる、と言った時から反対されていた。
それでもアイラが諦めることはない。
父には何も言わずに実行しているが、おそらく気付かれていることだろう。
父の傍には公爵家の全てを知っているセバスが付いているから。
アイラがこんな突拍子もないことを始めたのには、いくつか理由がある。
一つは、無理をさせているシューバットを少しでも喜ばせたかったから。
二つ目は、シューバットが好きだと言う花をアイラも見たかったためだ。
アイラはじゃがいもがどんなものかは知っていても、じゃがいもが成長する過程も花を咲かせている所も見たことがない。
実際に自分の目で見て、自分の手を動かせば、領民達の気持ちがより深く分かり、シューバットにもっと近付ける気がした。
「経験を積むのよ、シエナ。シューや領民がしていることを私がやったことがないなんて、おかしいじゃない?」
「全くおかしくありませんから!」
くるりと振り返り、にっこりと笑うとシエナが青い顔をして首をブンブンと横に振る。
アイラが慣れない格好をして、ここに立っている理由の中の一つに好奇心が混じっていることに、付き合いの長い彼女は気付いているかもしれない。
何も植わっていない黒土の上に置かれている農具は、備中鍬という。
刃先は四本に分かれ、長細い木で出来た棒の部分を持ち上げて土を掘り返す道具だそうだ。
スコップというのは種芋を植える時に必要になるらしい。
庭師がいつも使用している物を事前に借りているが、まだ使わないため端に寄せてある。
知識は全て本頼りで、鍬やスコップを実際に見たのは今日が初めてだった。
絶対に怪我をしないで欲しい、とシエナに涙目でお願いされているから扱いには十分に気を付けないといけない。
慎重な手付きで棒の部分を手のひらで握り、鍬を持ち上げる。
しかし想像よりも重くて、一度目のチャレンジは鍬を地面から離すことが出来ずに失敗に終わった。
後ろで小さな悲鳴が聞こえたが、次はもう少し短く持つ。
一度目よりもぎゅっと力を込めて、空に向かって鍬を振り上げる。
今度は地面から離すことが出来た。
だが、やっぱり重たくて、ふらりと身体が揺れる。
じゃがいも畑の横で綺麗に咲いているバラに、鍬の刃先が触れそうになった。
慌てて身体全体で方向を変えて、黒土が剥き出しになっている場所に鍬を下ろす。
ひやりとしたが、バラを傷付けずに済んで深く息を吐いた。
たった一度持ち上げただけなのに、腕が疲れる。
非力な自分を残念に思いながらも、出来ないわけではないと前向きに考えた。
慣れるまで時間は掛かるかもしれないが、シューバットを喜ばせるためなら花を咲かせてみせる。
「お嬢様っ、もうやめましょう!やめてください!」
「シエナは黙っていて!」
後ろからシエナが叫ぶように声を上げる。
心配してくれる気持ちは嬉しいが、それには応えられない。
令嬢の嗜みといえば、刺繍やお茶会を開くことだろう。
家のことや父の補佐をしているアイラはあまりしていないけど、全く時間が取れないわけではない。
空いた時間で令嬢らしいことをする方が、シエナは受け入れてくれる。
しかし、アイラが今やりたいのはじゃがいも畑を耕し、種芋を植え、じゃがいもの花を見ることなのだ。
こっそりとシューバットには知らせずに花をいっぱいに咲かせて、彼を驚かせる。
きっと感動して、嬉しくてアイラに揺らいでくれるはず。
だから、いくらシエナに止められたって、アイラはやめるつもりはなかった。
「もう一度よ」
土の上に立つアイラはふう、と息を吐いて集中する。
備中鍬を一度は持ち上げることが出来たのだから、後はここから土を耕していくだけだ。
短く鍬を持ち、手に力を込めてグッとそれを上げる。
膝の高さ近くまで持ち上がって嬉しくなったが、慣れないブーツが土の中に沈み込んで足が取られた。
慌てていると鍬を持っている力が抜け、刃先がアイラの足元に目掛けて落ちて行く。
足の甲に鍬の鋭利な刃が突き刺さろうとしていた。
シエナが「お嬢様あああ!!!!!」と大きな叫び声を上げているのが耳に届いて、心の中で咄嗟に謝る。
怪我をしないと約束したのに、それを破ることになってしまいそうだ。
痛みを覚悟して、目をぎゅっと瞑る。
その瞬間に頭に思い浮かんだのは、大好きなシューバットの困り顔だった。




