12.好きなもの
シューバットは現在、自分の主であり、公爵令嬢のアイラと一緒にお茶をしている最中であった。
白とピンク色で溢れるかわいらしい彼女の部屋。
そこにある高級ソファに、シューバットは居心地悪く座っている。
湯気が立つ紅茶を一口飲んだが、甘さ控えめのさっぱりとしたもので、とても美味しかった。
どうして護衛のシューバットが彼女のアフタヌーンティーに参加しているのか。
理由は一つ。
アイラにお茶に誘われて、断ることが出来なかったからだ。
「シ、シュー。貴方に聞きたいことがあるのだけど、良いかしら…?」
「はい、何でもお聞きください」
「な、なんでも…」
テーブルを挟んだ対面にいるアイラは、シューバット以上に顔に緊張を張り付けている。
何かとても重要な話があるに違いない、と心構えをして主からの次の言葉を静かに待つ。
ここに揃っているのはアイラとシューバット、そして侍女のシエナの三人だ。
シエナは侍女の役割に徹していて、配給の者としてしか参加しない。
「……が…好きなの?」
「え?」
細々と早口で何かを問われたらしいが、前半があまりにも音量が小さくて聞き取れなかった。
反射的に聞き返すとシエナから鋭い視線が突き刺さる。
口には決して出さないが、視線は鮮明に「一度で聞き取れ」と語っていた。
しかし、今のアイラの声を一言一句間違わずに耳で捉えることが出来る人はいないだろう。
早口と小さな声の合わせ技には勝てない。
シエナがアイラの言いたいことが分かるなら教えて欲しいし、同じ席について会話に参加してくれればいいのに。
そう思っても、このお茶会の主役はアイラなのでシューバットに決める権利はない。
ただ、立場的には侍女も護衛もそんなに変わらないから、シエナにも参加権はある気がする。
シューバットよりも仕える時間が長いシエナと一緒にお茶をした方が、彼女も楽しいだろう。
アイラからどんな言葉が飛び出して来ても驚かないように気を付けながら、彼女の声に耳を傾ける。
「シューは、フィーズ男爵令嬢が……好きなの?」
「えええ!?」
先ほどよりもはっきりとアイラが声に出してくれて聞き取れた。
しかし、シューバットは予想外の問いかけに思いっきり声を出してしまい、慌てて口を噤む。
どうして今更そんなことを聞いてくるのだろう。
元婚約者とひと悶着あってから三日しか経過していないというのに、随分と昔のように感じる。
アイラに出会ってからの日々があまりにも濃厚で、幼馴染の存在など頭の中からすっかり抜けていた。
「ええと、好きかと聞かれたら、そうではないと思います」
「…そう。ゴーデン様に言われたから仕方なく彼女の婚約者から降りたとか、そういうことではないということ?」
「はい。私は望んで彼女の婚約者になったわけではないですから」
「未練は本当に本当に本当に、ないのね?」
「ありません」
何度も言葉を重ねたアイラに真っ直ぐに答える。
アイラの緊張感のあった表情が急激に崩れて、曇りのない晴れやかな笑みを見せた。
シエナが用意した紅茶に手を付けると、ますます頬を緩ませて嬉しそうな顔をする。
天真爛漫な彼女の笑顔に影響されて、シューバットも自然と口角を上げていた。
アイラは我儘で自分勝手な所はあるが、優しい人でもある。
だから、シューバットがあの婚約破棄で傷付いたのではないかと気にしてくれていたのかもしれない。
こうやって護衛でしかないシューバットをお茶に誘うのも、その一環だと考えれば説明がつく。
彼女の憂いがこれで取り除かれたなら、良かった。
しかし、アイラの質問はまだ続いた。
「じ、じゃあ、シューはどういう……女性が、好みなの?」
「好み、ですか」
そんなことを何故、気にするのだろう。
疑問が頭に浮かぶが真剣な顔付きになったアイラの言葉を誤魔化すのは、なんだか違う気がした。
だからといって、女性の好みと言われても返答に困る。
シューバットは女性にはモテない。
身分は低く、容姿も平凡で、特技も自慢出来るものも何も持っていなかった。
シューバットは自分が殿下やアイラと違って、“選ぶ側”の人間ではないと知っている。
「た、たとえば、よ?赤い目の女性が良いとか、髪が長い女性が良いとか…ないの?」
「特にそういったことは…」
「っ、そ、そうよね!貴方だって男だもの、胸の大きな女性が好きなのよねっ!」
「え!?」
胸の大きな女性と言われて思い浮かぶのは幼馴染だ。
殿下に擦り寄っている卒業式のあの姿を思い出したが、気持ちの良いものではない。
元婚約者に未練はないと言ったのに、アイラがシューバットの好みの女性の基準にしているのはロザンヌだろう。
容姿で女性の好みを語ろうと思っていないシューバットは戸惑った。
その態度が答えだと勝手に決めつけたアイラにムッと涙目で睨まれて、シューバットはたじろぐ。
いつも凛としていて気高いアイラが、今にも泣きそうな顔をしている。
シューバットの心の中は大荒れだった。
彼女を泣かせてしまった。
何が引き金となったのか分からない。それがまた、シューバットを慌てさせる。
「誤解です、誤解!俺は容姿にこだわりはありませんっ!」
「……」
「本当ですよ!?思いやりがあって、気遣いの出来るアイラお嬢様のような方が素敵だと思います!」
「…わたしみたいな…?」
「はいっ!」
アイラは他と比べものにならないぐらい魅力的な人だと、心から思っていた。
嘘を付いていないことを証明するためにアイラを真剣に見つめる。
屋敷の中をシークに案内してもらった時に、玄関の壁に飾ってある金縁の額に入った街の風景画はアイラが用意させたものだと聞いた。
それはブルーム領を描いたもので、彼女が領地や領民を大切にしているのがよく分かる絵だった。
アイラは落ち込んだり、疲れたりすると絵を眺めて、この景色を濁してはいけないと気合を入れ直して前を向くらしい。
ブルーム領は彼女にとって守りたい場所なのだろう。
シューバットにはその気持ちがよく分かった。
アイラの目尻にはまだ涙が溜まっているがシューバットの言葉を信じて、こくりと頷いてくれる。
ホッとしていると彼女はゆっくりと口を開いた。
「シューの好きな料理はどんなもの?」
「食べられるものなら何でも好きですが……」
「好きなお菓子はある?」
「何でも好きです」
「甘くても、甘くなくても?嫌いじゃない?」
「はい」
公爵家で出された豪華な夕食も使用人用の賄いも、どれも美味しくて沢山食べさせてもらっている。
騎士になるために身体を動かしているから、余計にお腹が空いてしまうのだろう。
目の前にお茶菓子として置いてあるクッキーも綺麗な四角形で、食べるのがもったいない気がするが甘い物も嫌いじゃない。
領地にいる時はお金の関係で食べる頻度は低かったけど、お菓子作りが趣味の母が時々、クッキーを作ってくれていた。
「好きな色はなに?」
「白、でしょうか」
持っている服は少ないが白は何色にでも合うため、重宝していた。
護衛服は公爵家から支給されているので問題ないけど、最近は服を買っていないから久しぶりに買いに行こうかと迷っている。
セバスから王都に住むようになるのだから地図を頭の中に叩き込んでおくように、と言われているから丁度良いだろう。
「シューの好きな花は?」
少し前のめりになっているアイラに質問攻めにされているけど、これは護衛騎士の面談か何かだろうか。
真面目に答えているが、シューバットの好きな花なんかを知って役立つことがあるとは思えない。
しかし、主に聞かれたら答えないという選択肢はないため、深く考えずに思い浮かんだ花の名を出した。
「じゃがいもの花ですね」
「…じゃがいもの、花?」
「領民と一緒に種芋を植えて、花が咲くと毎年一緒に喜んでいました。花が咲いたら順調にじゃがいもが育っていると分かるので」
「……」
「ポナー領地では育ちにくいものもあって、じゃがいもを多く育てているんです。じゃがいもが駄目になると領地に大ダメージを受けてしまって……っすみません!俺の個人的な話を…!」
好きな花と聞かれて、じゃがいもの花と答える貴族男子はいないだろう。
そもそも、ご令嬢の方から好きな花を聞かれる状況がおかしい。
気が利く貴族男子ならご令嬢の好きな花を聞いて、こちらから贈るものだ。
慌ててアイラの好きな花を聞こうとしたが、それより先にアイラの驚いたような声に遮られた。
「貴方は領民と一緒に畑を耕していたの?」
「……はい」
「なんてことなの…!」
貴族としてあるまじき行為だとは分かっていたけど畑を耕しているのは高齢の人も多くて、時間がある時は手伝うようにしていた。体力も有り余っていたし。
おかげで領民とは仲良くて、孫のように可愛がられている。
しかし、公爵令嬢のアイラには理解出来ないことなのだろう。
驚愕で目を丸くしている彼女からそっと目を逸らす。
「素晴らしいわね!私も領民のことはよく考えているつもりだけど、畑を耕したことは一度もないの。それに、じゃがいもの花というのがどんな形でどんな色なのか、私、知らないわ……」
「ええと…」
「私もまだまだ勉強不足ね」
「いえ、そんなことはありませんっ!」
はあ、と自分の不甲斐なさを嘆くように息を吐いたアイラに、シューバットは慌てて訂正を求める。
アイラが畑仕事をするなんて想像がつかないし、大事な一人娘にそんなことをさせたら公爵に何を言われるか分からない。
一体何故、こんな話に発展してしまったのか。
シューバットは少し前のことを思い出す。
確か、彼女に好きな花を聞かれて「じゃがいもの花」と答えてしまった。それが良くなかったのだ。
他の花に言い直すために、必死に頭の中で知っている花を思い返すと視界の端に花瓶に生けてあるバラが見えた。
客室を使わせてもらった時にも、部屋にはバラがあった。
バラは綺麗だし、嫌いじゃない。
アイラの部屋に入る度に感じていた香りの正体もこれだろう。
「バ、バラが好きです!じゃがいもの花より、バラが一番好きです!」
「…バラなら外に庭園があるわ。あとで見に行きましょう」
「はい、ありがとうございます…?」
お茶をして終わりだと思っていたのに、この後の約束までしていることに自然と首を傾げる。
彼女は少し硬い表情で、紅茶に手を伸ばすと優雅にそれを飲んだ。
アイラに連れられるままに庭園に向かうと美しいバラ園が広がっていた。
渦を巻くように花びらを重ね、中心はぎゅっと絞られている。外側にかけて花びらをふんわりと広げ、多くの人を虜にするバラ。
赤や白だけではなく、ピンクや黄色に、二色になっているものもあって、ずっと見ていても飽きる気がしない。
庭師が丁寧に手入れをしているのが、言われなくてもよく分かる。
大切に大切に育てられた色とりどりの鮮やかなバラは、華やかで上品なアイラにとても似合っていた。
「シュー?どうかしたの?」
バラを背にした彼女が不思議そうな顔でシューバットを見上げる。
絵になるその姿をシューバットが独り占めしていて良いのかと思いながらも、彼女から目が離せない。
「美しい」
「え…?」
「ああ、えっと、アイラお嬢様にバラが良くお似合いです」
「そ、そうかしら…?」
ふいっと視線を逸らしたアイラは、シューバットに背を向けてバラの方を正面にするように身体の向きを変える。
彼女もバラ園の素晴らしい景色に見惚れているのだろう。
シューバットはアイラの少し後ろに立ち、一緒にその光景を味わった。
その日の夜、シューバットの元に庭師が訪れて、バラと花瓶を贈られる。
どうやらそれは、アイラからの指示によるものらしい。
何かをお返しするべきなのだろうかと頭を悩ませるシューバットは、なかなか寝付けなかった。




