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11.娘が連れて来た男

 


 アイラが婚約破棄をされてから、屋敷の中はずっと張り詰めた空気が漂っていた。


 ゴーデンとアイラの婚約は陛下たっての願いで、結んだもの。

 三人の王子の中で一番年が近く、力のあるブルーム家との繋がりを強固なものにしたいと考えていたのだろう。


 あまり乗り気にはなれなかったが、陛下に頭を下げられそうな勢いで頼まれると断ることができなかった。

 その結末がこれだと、王家への信用も減ってしまうのだが。


 アイラが泣いている様子はないと侍女や執事から報告があったし、アイラは強い子だから大丈夫だとは思う。

 しかし、長い間婚約関係を続けて、こんな裏切り方をされたのだから腹は立っているはずだ。


 次の日に王城に一人で行った愛娘。

 心配のあまり仕事が手に付かず、アイラの帰りをエリンやセバス達と気を揉みながら待っていた。


 しかし、親の心子知らず。


 その日の内にアイラは帰って来なかった。

 違約金の膨大な額にアイラの交渉技術が見えて誇らしくなったが、当の本人は「帰ったら報告する」という言葉を残してポナー家へ行ってしまったらしい。


 婚約破棄に関わった人間は全て調べていたため、ポナー家についても調査済み。

 公爵家の者は優秀だから僅か一日で必要な情報を揃えてくれた。


 ロザンヌ・フィーズ男爵令嬢を影で操って婚約破棄をゴーデンに迫り、公爵家に傷を付けようとした可能性は低く、シューバット・ポナーはアイラと同じく被害者という認識だった。

 まさかアイラを誘拐して人質に取り、身代金でも要求するつもりなのだろうか。


 しかし、アイラの伝言から察すると帰って来られる算段はあるようだし、報告に来た護衛騎士からは自分から嬉々としてポナー家に乗り込もうとしている様子だったと困惑顔で言われた。


 セバスと共に再度、資料を並べて見直す。

 シューバット・ポナーの学園での成績は上位でも下位でもなく中間。

 浮ついた話はないが、婚約破棄前の彼の存在を記憶している者も少ない。

 悪い噂はなく、良い噂もない。


 特筆するべきことがない、至って普通の青年。

 アイラに危害を加える度胸がある男ではないと思うが、心の中に住まわせている怪物は人それぞれ違う。


 アイラは一体何を考えてポナー家まで行ったのか。

 色々と危惧して心配していたのに。



 家に帰って来たアイラがフィンリーに求めたのは、シューバット・ポナーとの「結婚」だった。

 想像の斜め上で、娘に悟られないように気を付けたが内心は随分と荒れていた。


 父に一言残して、シューバット・ポナーの家に行き、その家族に先に挨拶を済ませたというのか。

 父よりもシューバット・ポナーと一緒にいるのが楽しかったと言うのか。


 シューバット・ポナーに言ってやりたいことは山のように浮かんだが、グッと堪える。


 キラキラとルビー色の目を輝かせて、娘はシューバット・ポナーについて語った。



 アイラは昔から負けず嫌いで貪欲に多くを学び、次期当主の自覚を早くから持っている。

 無邪気な笑顔が、成長するにつれて淑女らしく落ち着いた微笑みを浮かべることが多くなった。

 貴族令嬢達の手本となれるように完璧な令嬢を目指し、努力を積み重ねていた。


 妻の身体が弱いこともあって、家のことも執事や侍女と協力しながら懸命に大好きな母を助けようとアイラは頑張っている。いや、頑張り過ぎている。


 そんなアイラの我儘はなるべく叶えようと決めていた。

 我儘といっても難しいものはないし、誰かのためであることも多い。

 それを今回は自分のために使おうとしている。


 人を見る目があるアイラが夫にしたいと望む男。

 シューバット・ポナーの本質をこれから実際に会って見定めることになるが、さぞかし良い人なのだろう。


 娘が嬉しそうに部屋を出て行った後、椅子の背凭れに背中を付けて天を仰ぎ、ふうと深く息を吐く。

 セバスがコポコポと淹れてくれる紅茶の香りが広がる。


「本当によろしかったのですか?」

「とりあえずは、ね。反対するとアイラがどういう行動に出るか分からない。駆け落ちなんてされたら私は生きて行けないよ」

「それはそうかもしれませんが、婚約破棄された二人が一緒にいらっしゃると悪目立ちいたします」


 セバスの言うことは間違っていない。


 卒業式で王家の三男が行った婚約破棄は、多くの貴族が通う学園の卒業式で盛大に行われた。

 こちらに非はないとしても、その場にいた令嬢令息から既に二つの婚約破棄の話は広がっているだろう。


 関係者の四人があることないこと噂されるのは明白だ。

 アイラがそんなものに振り回されて心を乱されるとは思わないが、シューバットが絡むと余計に話が膨らむ可能性がある。

 意図的ではないとしても、結果的に婚約者の交換になってしまった。


「分かっているよ。ただ、アイラは本気のようだしね」

「男爵家の次男がお嬢様と釣り合うとは思いません」

「そうだね。でも、アイラが隣に立つ男に求めるのは身分なのだろうか?」


 ゴーデンは頭が良く優秀で、剣もそれなりに扱える。

 別の部分では問題はあったけど、大人になれば分別もつくだろうと目を瞑っていた。

 立派な身分で優れたゴーデンならアイラと助け合い、公爵家を維持してくれると期待していたのだ。


 契約の延長線上の関係でも、同じ目線に立って物事を考えられる。

 山のような仕事を一緒にこなせて、アイラの負担を減らせる。

 そんな結婚相手が愛娘には望ましいと思っていたけど、本当にアイラに必要なのはそんな男だったのだろうか。


 アイラは今でも一人でしっかりと仕事を回している。

 補佐する執事達は優秀な者が揃っているし、アイラの右腕にするための人材も育てた。


 娘に本当に必要としているのは、頑張り過ぎるアイラを癒したり、守ったり、笑わせたり出来る人なのではないのか。


 婚約破棄されたことなど忘れてしまったように、生き生きとしていたアイラを思い浮かべるとそんな気がした。



 夕食前にフィンリーとセバスは初めてシューバット・ポナーと対面した。


 そして、その感想は。


「なかなかに面白いお方をアイラお嬢様は連れて来たようです」

「ハハッ、そうだね!」


 資料を見るだけでは相手の全てを理解出来るわけではない。

 そう実感させるほど、娘が選んだ男は悪くなかった。


 声を上げて笑いながら、ポナー家の調査資料を思い出す。



 大昔、我が国は隣国と小競り合いが続いていて緊張状態にあった。

 多くの人々は毎日に不安を抱え、いつ自分が住んでいる場所が火の海になるか分からないと怯えていた。


 その均衡を崩して今の平和の立役者となったのが、ポナー家の非常に腕の立つ騎士。

 彼の功績を称えて、平民だったポナー家は男爵を賜り、貴族の仲間入りを果たすことになった。


 当時の陛下は彼にとても感謝していて、もっと上の爵位と広い領地を与えようとしていたらしい。

 しかし、男爵自身がそれを固く断った。


 頭が悪い俺にこれ以上面倒なことをさせるな、と。


 彼は重い大剣を片手で振り回せるほどに身体は大きく、豪酒でだらしない。

 髭の剃り残しが常にあるような雑な人で、束縛を嫌う自由人。

 喧嘩っ早く、騎士団の中でもよく問題を起こすような荒くれ者。


 しかし、そんな男を慕う人は多く、彼の周りではいつも笑顔と熱気に溢れていた。


 男爵は英雄と呼ばれてもおかしくはない功績を残したのにもかかわらず、本人がそれを頑なに否定。

 銅像を建てる話になると「そんなくだらないものを建てるなら国を出る!」と言い出して、慌てて取り止めた。


 彼は戦いの後、与えられた田舎の小さな領地にある山を遊び場にして畑を耕し、時には領民達と馬鹿騒ぎしながら飲んだくれ、大いに人生を楽しんで人生を終えたらしい。


 ポナー家の血筋は徐々に薄まり、陰で英雄と呼ばれた男の記憶は人々から消えたが、シューバット・ポナーの後ろには確かに誰かの人影が見えた。

 娘が連れて来た婿は、思っていたよりも有能そうでこれからが楽しみである。



「これから先もアイラのことをよろしく頼むよ」とアイラの婿にお願いすると、隣に座っていた娘の方が激しく動揺していた。

 しかし、はっきりと「シューバットを手放すつもりはない」と言い切るアイラはとても格好良い。


 婿は、名を呼ばれて嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤に染めるアイラを馬鹿みたいに心配していた。

 おろおろとしていたのが嘘のように、退出を願い出る。

 あまりにも過保護な様子に笑いが止まらなくてとても困ったし、今でも止まらない。


 シューバットならば、心身ともにアイラを支えてくれるだろう。

 自分の目で二人の姿を見て、そんな確信めいたものを感じた。


 娘がシューバットを振り回しているのだろうと思っていたが、それだけではないらしい。

 アイラもまたシューバットの鈍さに手を焼いているようだ。


「これからがっ、楽しみだね…!ハハッ!」

「旦那様、笑い過ぎですよ」


 どこか淡々とした、権力と財力を兼ね備えたブルーム家。

 おそらくゴーデンが婿入りしても、この空気は変わらなかっただろう。


 しかし、そこに新しく入った弱々しい風。


 それは時に、変化する。

 アイラを守るように強風を巻き起こし、あらゆる敵を排除する。


 彼がアイラの望み通りに婿入りしてくれれば、公爵家は更に盤石なものになるだろう。

 シューバットを納得させるために、色々と理由をつけて家に残るようにさせた。

 あの男に相応しい場所は、一つしかない。


 婿を逃さないために色々と手を回しておこう。

 アイラも不器用に頑張っているようだから、父として出来る限りは応援したい。


 夕食の席で隠す様子もなく、ちらちらとシューバットを見ていたアイラは、テーブルに出された料理が代わる度に好みを聞いていた。

 そのうち自分が作った料理やお菓子を食べさせたいと言い出して、騒ぎになりそうだ。

 手料理を食べる最初の相手が父ではないのは、非常に残念ではある。


 生粋のお嬢様であるアイラが料理をしたことはなく、包丁を持って指先を傷付けている姿が目に浮かんだ。

 シューバットが止めてくれればいいのだが、我儘なアイラがどう出るか分からない。

 しかし、止められる可能性があるのもシューバットだけだろう。


 ダイニングルームから二人が先に退出するのを見送り、ワイングラスに手を伸ばす。

 そして、妻にシューバットの印象を聞いた。


「少し頼りなさげに見えるけど、アイラを大切にしてくれそうな方ね」

「そうだね」

「あの子があんなにも楽しそうにしている姿を、久しぶりに見た気がするわ」


 エリンは眩しそうに目を細め、娘が座っていた席を見つめる。

 アイラを産んでから徐々に体調を崩し始め、公爵夫人としての役目がままならず、アイラに負担をかけていることにとても責任を感じていた妻。

 そんな彼女の気が少しでも安らげばいいと思いながら、そっとワイングラスに口を付ける。


 振り回し合っている二人を見るのは、酒のつまみになりそうだ。




盛大に誤字をしてました!失礼しました!

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