第8話 初デート(8)
「えっ……しゅん、ご?」
公衆の面前で突然俺が抱きしめてきたことに対し、戸惑いの声を出す沙苗。
「今だけはこのままでいさせてくれ……」
「う、うん……」
俺の言葉に戸惑いながらも頷く沙苗。
道のど真ん中で抱き合う姿に、周囲が騒がしくなる。
それでも構わずに沙苗の背中に回した腕に力を込め、より一層強く抱きしめる。
それから少しして背中に回していた腕の力を緩め、間近で見つめ合う格好になった時、沙苗がおずおずといった様子で俺に聞いてくる。
「その、ね、俊吾……何で突然私を抱きしめてきたの?
それもこんな公衆の面前で……」
「それは……なんでだろうな。
今すぐにでも沙苗を抱きしめないと!……と思ったから、かな」
要領を得ない俺の回答に対し、えっ?みたいな表情を浮かべながら言う。
「自分でもよく分かっていないのに、私を抱きしめたってこと?」
「うん。本当に何で突然沙苗のことを抱きしめたのか…俺自身が一番戸惑っているんだ。
だけど気付いた時には沙苗を抱きしめていたんだ。
……何故かいまそうするのが正しいと言わんばかりに、ね。
俺自身でも気付かないくらいに、俺の奥底で沙苗に対する想いが爆発したんじゃないかなって感じてるんだ」
「それ故…突然に私を抱きしめた、と。
要はそういうことよね、俊吾」
「うん……」
こればかりは本当に自分でもよく分かっていないんだ。
けど、何で俺は公衆の面前で沙苗を抱きしめたい、と思ったんだ?
この疑問ばかりが頭の中でループする。
幾ら考えても答えが出そうにもない……。
そう結論付けた俺は沙苗に提案する。
「沙苗には俺の突拍子もない行動で戸惑わせてしまったが、今はデートの続きをしないか?
こんな状態の俺が言うのもなんだが……」
「……そうね、そうしましょうか。
未だに戸惑ってはいるけど、私と俊吾の初デートだしね。
だからその疑問は脇に置いておいて、今はデートを楽しまないとね!」
互いに腑に落ちない点が残る中、今はデートを楽しもう!という意見が一致した俺と沙苗は、周囲に頭を下げてからその場を後にした。
公衆の面前で突拍子もない行動を取って恥をかいてから1時間後、俺と沙苗はセトザキ・アミューズメント施設へと戻り、再びUFOキャッチャーエリアへと来ていた。
「あ~っ!あと少しで……あと少しでペンギンのぬいぐるみが落ちるところだったのにぃ!!」
と、このように我が恋人の沙苗はペンギンのぬいぐるみをゲットし損ねたことに憤慨中だ。
「今のは惜しかったな」
「惜しかったどころじゃないわよ!もうっ!
待ってなさいよ、私のペンギンちゃん!
絶対に手に入れてやるんだから!!」
そうは言うが沙苗よ……既に君は20回挑戦して失敗してるんだよ?
なのにまだ諦めてないのかい?
とは思うが、絶対に口にはしない。
口にしたら、ねぇ……。
口にした後のことを想像してしまった俺は、恐怖心から応援に徹することにしたのである。
キレた時の沙苗が怖い、というのを白蘭駅の待合室で学習したから……。
「あ、今度は取れそう!
そのままいっけー!
やった…遂に落ちたわ!
私のペンギンちゃんゲットよ♪」
手に入れたペンギンのぬいぐるみを抱いた沙苗が嬉しそうな表情で俺に見せてくる。
「沙苗、おめでとう!
無事に手に入れられて良かったな」
「うんっ!!」
俺の祝福の言葉を聞いて更に笑顔となった沙苗が頷く。
20回も失敗した苦労が報われて良かったよ、ホント。
そう思っていると、ペンギンのぬいぐるみを両手で抱きしめたままの沙苗が口を開く。
「ペンギンちゃんもゲットしたし、UFOキャッチャーは十分満足したわ。
だからね、俊吾……プリクラ撮りに行かない?
初デートの記念に、ね♡」
そう言ってから沙苗はペンギンのぬいぐるみを片手に持ち直し、空いた右腕を俺の左腕に絡ませてくる。
「プリクラかぁ……よし、撮ろうか!」
「うんっ♪」
その提案を了承し、俺と沙苗は恋人繋ぎをしながらプリクラ機エリアへと移動する。
因みに言ってなかったが、現在このアミューズメント施設には俺と沙苗以外のお客さんはいない。
いるのは各エリアを担当しているスタッフのみである。
何でそうなっているかについては……言わなくとも分かるよね?
UFOキャッチャーエリアからプリクラ機エリアに移動した俺と沙苗。
だが並んでいるプリクラ機を前にしている俺達はというと……。
「沙苗はどのプリクラ機で撮りたい?」
「どのプリクラ機で撮りたい?って聞かれてもねぇ……。
私にはどのプリクラ機も同じに見えるわ。
そう私に聞いてきた俊吾だって同じ思いでしょ?」
「……まぁな」
会話からも分かる通り、俺と沙苗は今までの人生で一度も【プリクラ】という物を撮ったことがない。
そんな俺達にはどのプリクラ機で撮っても同じであると感じてしまうのだ。
なので、
「やっぱりね。
そもそも今までにプリクラを撮ったことがない私達が、どのプリクラ機で撮ればいいのか……なんて分かるはずもないでしょ。
だから適当に良さげなプリクラ機を選んで撮ればいいと思わない?」
「それもそうだな」
と、このような会話になってしまうのである。
「う~ん、あの【バカップル推奨機】って書かれたプリクラ機でプリクラを撮る?」
「うん、それでいいんじゃないか?
どうせ何を選んでも変わらないだろうしな」
「よし、決まりね!
そうと決まれば後は撮るだけね!」
そう安易に選んだプリクラ機の中に入る俺と沙苗。
だが、俊吾と沙苗の会話を黙って聞いていたスタッフ達の思いは1つとなった。
『『『『同じなわけないだろ(でしょ)!!』』』』
スタッフ達からそう思われているとも気付かない俊吾と沙苗はというと……。
【いらっしゃいませ。先ずは写真のサイズを選択して下さい。
制限時間は90秒です】
「写真のサイズ?制限時間90秒?」
「サイズ? よく分からないから適当に、えいっ!」
【好きなフレームを選択して下さい。
制限時間は90秒です】
「フレーム? ハート型一択ね!」
【選択完了しました。今から10秒後に撮影が開始されますので、カウントが0になるまでにフレーム内に収まるようご準備をお願い致します】
「フレーム内ってことは、このハート型の枠内に顔が収まっていればいいってことだな」
「そういうことになるわね!って早くしないと撮影が始まってしまうわ!」
【3…2…1…】カシャ!
「ちゅっ♡」「んぷっ!?」
わけも分からないまま、俺と沙苗は指示に従って?選択していった。
そして撮影カウントが始まり、沙苗が俺にキスした状態でカウントが0になって撮影音と共にフラッシュが光った。
【今撮ったプリクラ写真に好きな落書きをして、思い出に残るプリクラ写真を完成させましょう!
制限時間は120秒です。
よーい、スタート!】
「沙苗、いきなりキスしてきて驚いたぞ」
「えへへっ、ごめんごめん!
一度やってみたかったからつい、ね♪
して、どんな落書きをする?」
「切り替え早っ!?
う~ん、互いの名前とか記念日の日付とか?」
「うん、それを書こう!」
お互いの名前を始めとした文字を、備え付けられた専用のペンを使って画面内に表示されたプリクラ写真に書き込んでいった。
そして……。
【制限時間となりましたので、落書きに使ったペンを所定の位置に戻してください。
只今よりプリクラ写真の現像作業に移りますので、現像完了まで暫くお待ちください。
プリクラ写真の現像が完了しましたので、本機横の受取口から取り出して下さい。
ご利用ありがとうございました!】
「どうやら完成したみたいね!
俊吾、仕上がりが楽しみね♪」
「だな。早速確認してみよう!」
プリクラ機から出た俺と沙苗は受取口から現像されたプリクラ写真を取り出し、確認する。
その仕上がり具合はというと、わけも分からずに撮った割には素晴らしい出来だった。
「思っていたよりも良く撮れていて安心したわ」
「俺もそう思ったよ。
よく撮れていてホッとしたよ」
「ふふっ、私の宝物がまた1つ増えた♡」
出来上がったばかりのプリクラ写真を愛おしそうな表情で見ながらそう呟く沙苗。
そんな沙苗に俺は腕時計をチラッと見てから言う。
「さて沙苗、そろそろ此処を出ようか。
もう18時を過ぎてるしな。
それに最後に……」
「えっ!?もうそんな時間なの!?
って、俊吾?よく聞き取れなかったんだけど、何か最後に言った?」
「……いや?何も言ってないよ?」
「そう?ならいいんだけど」
不思議そうな表情をしている沙苗の手を引いて受付へと向かい、預けてあった景品を瀬戸崎家に郵送する手続きを済ませてから外に出る。
そして腕に抱きつく沙苗を伴い、歩き始める。
俺の人生を掛けた大勝負に相応しい場所に向かって────
~作者からのお願い~
作中に出てくるプリクラ機に関しての解釈についてですが、作者自身があまりプリクラを撮ったことがなく、知識も拙い為、読んでいて可笑しいと感じた読者様もいらっしゃるとは思いますが、敢えて指摘せずにスルーしていただけると助かります(*・ω・)*_ _)ペコリ
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