膨大に揺蕩う魔力の隙間
頭の中に記憶されたたくさんの術式。それはちゃんと覚えている。あやふやになったりもしていない。
もともとこの島の大部分に張り巡らされている魔力回路。それはこの地の魔力の流れを整えるために魔女ラルフュール様がつくられたもの。アブソルトはこれに自らの術式を流して任意の場所で起動できるようにした。
そしてその魔力回路と一体化している魔女様ご自身を閉じ込めるアブソルトの術式で形作られた魔力回路。アブソルトの回路はこの地の魔力の流れがある限り、そのちからを利用して魔女様を強固に守るのだ。
その2つの回路はもはや一体化していた。その下に数百年分溜まりきった魔力を閉じ込めて。
アブソルトは解放術式をきちんと残した。
だからこんなに長く魔女様が閉じ込められるとは思ってもいなかったのだろう。
けれどもこの島は5人の魔女に分割され、カレルギア帝国はアブソルトの術式を知るアブシウム教会の者の入国を長年拒んでいた。
まあそれはそうかも。カレルギアでは魔力枯渇がアブソルトのせいだとされているんだから、その信者を聖域になんていれたりしないよね。
それで問題は今この術式を解放しようと思っていること。
使う術式は『初期化』。これはアブソルトの術式を一旦無効化するものらしい。そしてカレルギアの機甲技術を、再び回路を各地で使用できるようにするために、魔女様を閉じ込めているアブソルトが設定した回路を除いて『再インストール』する。
多分元々はその術式を唱えるだけでよかった。けれども今は二つの魔力回路が長い時間の経過で複雑に絡みあっている。どこからどこまでが元々の回路なのかよくわからない。
それを魔女様と協力しながら選り分けている。
「アブソルトはラルフュール様がよほど大切だったんですね」
「そう、なのでしょうか」
「魔力回路の目がとても細かい。僕の国で作られているものとは桁違いです」
「そういえば萌えとか推しとかよくわからないことを仰っていました。時空に魔力穴が開くまではここに来る者など誰もおりませんでしたのでどう対応して良いものかわかりかねました」
萌え? 推し?
そういえばうちの村の子たちも村の女の子を見てたまにそんなことを言っていた。確か好きとか好みっていう意味なんだよね。
「そういえばアブソルトは何をしにこの聖域まで来ていたのですか? やはり魔力を得ようと?」
「それがよくわからないのです。魔力が欲しいわけでもないようで。尊いとおっしゃっていたので信仰されているのかと思いはするのですが妙に馴れ馴れしく」
「馴れ馴れしく?」
「ひたすら話しかけてくるのです。それまで私は普段人と話すこともなかったので困惑してしまって。それで追い出しても追い出してもどうやっているのかわかりませんが魔力を辿ってやってきて、一時はうんざりしたことも……」
魔女様をうんざりさせるのか……。
やっぱり転生者というのは変な人が多いのかな。でも魔力回路ってどうやって探したんだろう。よくわからない。
そんな会話をしながら少しずつ2つの回路の境目を探していく。ぴりぴりという波動。封印の内側から漏れ出る強力な魔力の波動。それが僕の魂の器を揺らしている。困ったな。思ったより時間がかかりそうだ。
せめて『初期化』と『再インストール』をセットするまで保って欲しい。この振動は少しずつ魂の器を壊していく。そのひび割れから魔力が少しずつ浸透して、僕は魔力で構成された存在、魔力体に近づいていく。
まだ体から魔力が漏れるほどではないだろうけど、そうなってしまっては肉の体では姿が保てなくなる。皇后様は魔力が漏れていたからおそらくもう無理だろう。肉体には留まれないほど魂の器が壊れていた。
「それよりも……ボニ様は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫ですよ、何とか持ちます」
「あのその、しかし長時間ここにおられますと魔力体になってしまいます。そうなればもとの体に戻れなくなってしまいます」
「わかっております。きっと大丈夫ですからお気になさらず」
僕は術式の分離が終わるまで保てばいい。どのみち……初期化した時点でこの下に眠る膨大な魔力で吹き飛ばされる。だから……。
「おいボニ。お前は一体何をするつもりなのだ」
「えっリシャさん? どうして? 戻ってきたんですか!? 早く逃げないと洞窟が崩落してしまう!」
「ふふ、戻ってきたともさ。別のルートを通ってな!」




