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宮殿の秘密

「エヴ。会いたかった」


 密かに設けた簡易陣地での帝と皇后様の邂逅はとても奇妙なものだった。

 私が都外で待機していると、やがてうっすらと明け始めた陽が照らす荒野の凹凸の一角に黄色い砂埃が舞いあがり、一台のジープと並走する大型機甲が見えた。

 近づくにつれ、何だか変だと思った。リシャール様とは別にリシャール様の機甲を誰かが身に纏っているようだったが、どうも様子が変なのだ。


 明け方と深夜の境界にもかかわらず帝はお休みにはなられていなかったと見え、よほど急いでこられたのか少しよれたお召し物に外套を羽織っておられた。

 到着した皇后様はとても意識があるようにも思えず首がくたりと斜めになっておられたが、その身に纏う機甲だけが動いて帝を抱きしめた。


「エヴ、痛い痛い」


 慌てて機甲は体から離れ、謝意を告げる手信号。

 なんだろう、このシュールな光景は。


「大丈夫だ。それにしてもお主もあまり変わらぬな。いや、少し目尻に小皺が、痛い痛い」

「帝、そのあたりでお止めください。余人が見ております」

「おおリシャ、すまなかった。あまりにも懐かしく。それでリシャよ、これはどういう事態なのだ」


 リシャール様が経緯を帝に報告する。その内容は驚くべきものだった。

 魔女様はアストルム山に封印されておられ、ボニさんがその封印を解放した。その結果、この地に魔力が戻るかもしれない。そう聞いてこの場にいるすべてのものは顔を輝かせた。それはカレルギアの悲願。

 そして封印の解除と共に数百年分アストルム山が溜め込んだ魔力が溢れ、噴火する恐れがあるという。一転して慄く声。だから山からの通信で噴火に備えるようにという指示が来たのか。


 けれども既に竜種の波状的な襲撃によって都下には戒厳令が敷かれている。これ以上何をしたものか頭を抱えていた。

 私の日本での経験でも火山の噴火に何かできるとは思えない。ここまで溶岩流や土石流が押し寄せてきたら、ある程度であればこの高い壁が防ぐかも知れないがそれを超えるとどうしようもない。

 規模が多ければ帝都を放棄するしかなくなるだろう。


「リシャよ、その封印解除の術式とはどのようなものなのだ?」

「わかりません」

「わからないだと?」

「ボニ=キウィタスという者が知っておりました。封印の解除自体は神官も確認しておりますので間違い無いでしょう」

「神官が……。それはそれとしてそのボニというものは何者なのだ」


 リシャール様はそこで言い淀む。そして軽く頷き、決意の滲む目で帝を見返した。


「ボニは……アブシウム教の元神官です」

「なんだと!? 何故そのような者を神殿に入れた!? お前は自分が何をしたのかわかっているのか!?」

「元神官です。半月強の間観察しましたがおかしな点は……」

「そんな言葉を信じたというのか!」

「まちや! 何でそんなこというん? ボニたんはこの国のために魔女さんとお話ししよるんやで!?」

「な、何だこの首は」


 あちゃー。

 リシャール様はなんと返答したものかあわあわして、何とかしろという目で私を見た。何とかしろといわれても、うーん。えーと。


「帝、これはアブシウムに落下した『転移者』の首です。ボニはこの者と友人であり、この者はボニを助けるために体を失いましたが固有のスキルで命を取り留めました。そこでボニはこの者の体を作りにカレルギアを訪れたのです」

「おお!」


 『おお』じゃない。

 デュラはん、お願い黙ってて。姫様も驚ろいた顔を元に戻して。お願いだから。

 ようは魔物だと知れるから問題なんだ。調べれば魔物であることはすぐバレるだろうけれども、話してるだけだとデュラはんは魔物だと思えないほど人間的だ。


「むう。確かに黒髪黒目だが」

「い、異世界の者であることは私も確認しました! 確かに私ではわからない知識を持っております!」


 いいぞ、コレド。


「それに純粋物理具を所持しておりました。魔法や機甲のかけらもないものです。だからこのデュラ……リスが転移者であることは疑いがありません」

「でゅらり? むぐ」


 コレドがデュラはんの口を塞ぐ。よくやったぞ。


「加えて申しますと生の魔力の原因はデュラリスです。デュラリスはその固有スキルで魔力を魔力の状態で保持することができる。第一機甲師団はデュラリスに協力を仰ぎ、生の魔力を保持する方法を研究していたのです」

「な、なるほど」

「そこで帝、宮殿の祭壇をお借りしたい」

「リシャよ突然何を言う! それは国秘だ!」


 なんとなく言いくるめられそうだったのに急に新しい話題をぶっ込まないでほしい。

 慌てふためく帝なんて初めて見る。

 それに宮殿に祭壇? なんだそれは。初耳だ。

 祭壇があるのはアストルム山ではないのか?


「マルセスと母上、デュラ……リスを除き他のものは退室せよ」


 え、私は残るの? 出ていっちゃ駄目?

 事態の流れがさっぱりわからないままコレドたちは外に出た。何だかひどく面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。


「あの、私も……」

「父上、今ここにいるのは王族と転生者と転移者だけです」

「し、しかし、ならぬ。王族以外を入れることは罷りならぬ」

「ボニは今、私と母様の代わりに魔女様と共にあります。身を魔力と化しながら火山を食い止めようとしております! これをこの国の者が放っておいてもよいものでしょうか!」

「しかし」

「そのボニを助けるために祭壇が必要なのです」


 リシャール様は再び私の方をチラチラと見始める。

 よくわからないが、これはその祭壇とやらを使う方向に誘導しろと言うことなのだろうか。


「あの、帝。そもそも今回の魔力変動の原因は内務卿です。内務卿が2人を捉え、えー、権限もなく尋問したことが原因です。それであれば2人に対して何らかの計らいをすることは、むしろ適切なのでは」

「それにアストルム山の神殿は崩壊しました。いずれにせよ魔女様に接続するにはもう宮殿の祭壇を使うしかありません」


 えっ崩壊したの?

 そう言ってリシャール様は横たわるボニさんを指し示した。確かに神子はお二人ともここにおられる。そうすると今この国には魔女様のお声を聞けるものが誰もいない。

 よくわからないがそれは不味いのでは?


「だが祭壇の間には入れぬ。そもそも祭壇への入り方がわからぬのは知っておるだろう?」

「父上、だからマルセスを入れるのです。マルセス、王宮には簡易の祭壇が設置されているといわれるアブシウムの居がある。だが符牒が会わずに入れなかった」


 ふ、符牒!?

 そんなの私がわかるわけがない。第一、私はアブソルトと会ったことはない。当然だ。アブソルトは数百年前の人物なのだから。

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