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この領域の行方

「どういうことだ? 何がダメなんだ!」

「あ、あ、やめて、目が回るぅ」

「む、すまない」


 祭壇にそっとデュラはんを置く。

 先ほどまで私と母上が横たわっていた祭壇に今は母上とボニが横たわっていた。


「ボニたんは大丈夫いう時は大丈夫なんやけど、きっとがつくんはダメな時なんや」

「何?」

「やから多分、安定はするんやろうけどボニたん戻ってこれへん。どないしたらええん? どないしよ。ボニたんおらんくなるんいやや。魔女さんとこはどうやったら行けるん? そもそも何やっとるん?」

「む……」


 なにやら必死で心配そうな顔つき。時折デュラはんが魔物ということを忘れそうになる。

 いや、魂は異世界人なのだろうからマルセスと同じわけで、人であるのか?

 いや、そんなことより私の立場としては異国人のボニよりこの国を守ることを優先しなければならない。そしてデュラはんは中身は何であれ魔物だ。だがこの魔力を安定させようとしているのはボニだ。そもそもこうなったのは内務卿が2人を捉えたからた。どうしたら。頭の中がぐるぐる回る。

 うう。あの時確かボニは何と言っていたのだったか。

 確か『初期化』と『再インストール』だったか。一度アブソルトの術式を解除して、必要な範囲で再び元に戻す?


「確か初期化? それから再インストール?」

「しょ、初期化やて!? ボニたん消えてまうんちゃうの!?」

「消える? デュラ、初期化とはなんだ」

「えっと、えっと、全部なくして、最初から、いや、インストールするには初期プログラムのバックアップいるやんな、どうするん」

「どうするといわれても……」


 そもそもその単語の意味がわからない。

 その時、今までにない大きな揺れが襲う。神殿を支えるいくつかの岸壁に大きな亀裂が走る。

 まずい、やはりここは保たない。


「とりあえず脱出が先だ、ここ自体が保たぬ。ボニを助けるにしろここにいたのでは助からぬ。とりあえず出るぞ」

「えっと、お母さんは?」

「母上? 母上は置いていく。助からぬ」

「せやかて!」


 この選択は私にとっても苦渋に満ちたものだった。私だって置いて行きたくはない。心の底から。

 けれども私は王族であり母上が復されぬ以上、現在の神子だ。国のためにも自らの安全を図らねばならない。

 おそらくもう母上の魂はほぼ魔力になってしまったのだろう。同時にこちらに戻ったのにもかかわらず起き上がる気配はみせず、首から魔力が漏れ続けている。母上の魂は魔力とともにこの空間に満ちている、のだろう。もはや人の体には留まれぬのだ。


 母上。

 私が小さい頃に先代の神子を継いで城を離れられた。神子はアストルム山を離れることができない。けれどもアストルム山は竜の根城だ。だから私は第一機甲師団に入った。軍部に入れば母上のいるアストルム山に向かうことができる。せめてお近くでお守りしたい。

 そしてそのうち母上は龍種に守られ、神子候補としか会うことができないということを知った。

 先日せっかく次期の神子に選ばれてお会いできるようになったばかりだというのに。


「ねぇねぇ、お母さん魔力になってるんやろ? それが漏れとるんやろ?」

「む? そうだが」

「ならパッドくっつけて機甲につないだらええんちゃうの?」

「???」



 ガシャンガシャンと機甲が動く音が鳴り響く。何が起こっているのかさっぱりわからない。

 母上は目を閉じてぐったりとしたまま、私の着てきた機甲を身にまとって走っている。

 コレドは輜重兵だ。戦場では備品の管理や壊れた機甲の修繕をその主な仕事としている。私の装備していた機甲の魔石を入れる機構の伝達腺を引っ張り出してより集めて統合し、デュラはんの頭につけているのと同じようなパッドを母上の魔力が漏れる首筋に接続すると起動式も使わず機甲が動き出した。

 母上の機甲の動きは当然ながらボニを背負った私より早くスムーズだ。

 意味がわからない。何が起こっているんだ?


「俺思うてん。魔石と伝達腺は直接繋がってなくて魔石を溶かしてその溶けた魔力を使うとるんやろ? くっつけんでも動くやん? そんでお母さんは魔力がもれとるんやからそこくっつけたらなんとかなるかと思て」

「コレド、デュラは何をいっているんだ?」

「僕にわかるわけないでしょう? 帰ったらマルセスさんに聞いてみましょう」


 母上はなぜだか私の着ていた機甲に収まり、並走しながら私に手を降っている。ご自身の体は動かせないようだから喋れはしないけれども手信号で言いたいことはわかる。母上も神子になられる前は軍に所属されていたから。

 ともあれ神殿から外に出ると龍たちはおらず大型機甲が横たわっていた。

 うん? 何故ここにこんなものが。


「コレド、あれ、まだ動くかな」

「うーん伝達腺が切れてなければ恐らく」

「おい」

「途中で竜が襲ってきたら困るやん」

「5分かかりませんから確認だけ」


 そう言い置いてコレドは大型機甲のもとに走った。

 危険性を考えると大型機甲は会ったほうがいいのだろう。

 確かにそうだ。私の機甲は母上がまとっている。母上も兵士をしていたとはいえブランクは大きいだろう。それに母上に守っていただくというのはなんだかこう、少し抵抗がある。

 ようやくコレドに追いついたけれども近づいた大型機甲は頭部が破損し動くのかどうか疑問が生じる状態だった。そもそもまともに動かせないのではなかったか。何故これがここに?

 コレドは手早く背負っていたカゴからデュラを出して大型機甲の伝達腺につなぐ。

 その間にも足元の微振動は次第に大きくなっていく。


「何をしている、急がねば」

「でけた、いこ」


 そう思うとさらに大きな地響きとともに大型機甲が身を起こし、コレドは背負いカゴにデュラはんの頭部を入れ直した。

 うん? 大型機甲は誰が動かしているんだ? わけがわからない。


「早く早く」


 呆然としながらも背中を押されてジープの後部座席にボニを押し込み、席に座ると隣に機甲の母上が乗り込んだ。運転席にコレドが座ってジープを発進させ、誰も乗っていない大型機甲が大鞭を持って並走する。

 ???


「姫様、城、いえ、団に連絡を」

「そうだった」


 ジープに備え付けられた通信機に手を伸ばしてはたと考える。

 この事態を何と説明すればよいのだ?


「第一機甲師団通信士ジェンセンです」

「リシャールだ」

「ご無事で!!」

「急ぎ……マルセスに繋げ」


 通信機の向こうで慌ただしい声とバタバタとした足音。

 本当は副団長に繋いだほうがよいのだろうが事態は急を要する。デュラはんのことと、このわけのわからない事象を一番早く理解、というか思考を放棄するのはコレドと兵装開発部のマルセスだろう。

 ようやく慌ただしい足音とともに声が聞こえる。


「マルセスです!」

「今帰投中だ。帰投までおよそ2時間。帰投までに……バレぬように都外に拠点を築き父上、いや王を呼べ」

「それは……2時間では難しいかと思われます」

「大丈夫だ、母上を連れてきたと言えば飛んでくる」

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