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僕の出会ったデュラハンのデュラはん

 少しやりすぎてしまった。

 けれども村を守るためにはもう引き返せない。デュラはんはとても強い。それは知っている。けれどもどこまで強いのか、ヘルグリズリーを倒せるほど強いのか。もし倒せるなら、デュラはんはきっと誰の手にも負えないほど強い。それほど強いのなら、きっと村人を守ることができる。

 計画を実行するのであればデュラはんの強さにかけるしかない。だからデュラはん、どうにか勝って帰ってきて。でも無理かも。


***


 5年前のある日。昼日中、僕はデュラハンに会った。

 その時のことを思い出す。


 僕は教都教会本部からデュラハン討伐の指令を受けた。

 デュラハンという種族は強い。妖精ながらも圧倒的な物理力を誇る。その強さは場合によっては下位の悪魔や天使にも匹敵するという。そもそも僕の実力では無理なことは誰の目にも明らかだった。けれどもそのデュラハンは『真昼間』に出没する、と教会に寄せられた陳情書に書かれていた。


 夜の死神デュラハンが昼に出現するはずがない。この情報はガセだろう。みんなそう考えていた。

 だから調査で不存在を確認するだけだ、そう言いくるめられた。僕はその確認がとれるまで陳情のあったキウィタス村で神父をすること。それが2番目の指令。


 僕はとても微妙な立場にあった。

 教会というのは聖職者のイメージはあるけれども、実際のその内部は圧倒的な権力組織で、利権争いを繰り広げている。僕はちょっとした切欠で教区長の横領を知ってしまった。

 この赴任が左遷ならまだいい。けれどもこれが口実で、デュラハンを名目にしてこの機に僕を消そうとしてるなら最悪だ。その予想を裏付けるように道行きには不審な人影があった。

 僕は多分、陳情のあったキウィタス村に着いた後に殺される。それなら先に逃げてしまおうか。でもそんなことをしても孤児出身の自分には行く当てもない。

 そんなことを思いながら道を進んでいると、急に目の前の人影にぶつかりそうになり、顔を上げた。


 見上げた瞬間死を覚悟した。

 ヒュッと吸い込んだ息を吐くことすらできない。

 不審者のことなんか頭から吹き飛んだ。それほどに、その存在感は凶悪で、彼我の実力差は歴然としていた。


 デュラ……ハン……?


 全身の皮膚が泡立つ。2メートルを超える漆黒の体躯が僕を見下ろしている。

 腕を一振りどころか指先一つで僕は消し飛ぶ。そんな実感。緊張で身動きがとれない。

 本当に……いたなんて。その存在をかけらも信じてはいなかった。


 ほんとに?

 ほんとにこんな真昼間に?


 昼に存在できる夜の存在。それだけで規格外だ。ただのデュラハンじゃない。

 暖かな日差しに反して僕の体温は急激に下がり、冷や汗がとまらない。デュラハンは明るい日の光を塗りつぶすかのように、ただ道の真ん中、僕のすぐ目の前に漆黒の姿で立ち尽くしていた。


「やっほ、俺デュラはん。お兄さんこの辺の人~?」


 んん? どこかからのんきな、空気を読まない声がした。


「あはは、こっちこっち、首みたって顔ないで。こっち」


 その黒衣のデュラハンの左腕には、短い黒髪の30代くらいに見える男の頭が収まって、ニコニコこちらを見ていた。


 えっ? んっ?


 視線が闇を塗り込めたような黒衣とヘラヘラ笑う何か健康的な頭を往復する。


 んん?


「あの、え?」

「俺が~このデュラハンのデュラはん」


 デュラハンのデュラはん?


「やーなんか、プラプラ歩いてたんやけどみんな逃げてって~。近寄ってくれた人お兄さんが初めてや。俺超嬉しい。人生相談、聞いて?」


 人生相談? それは告解のこと? デュラハンの?

 理解が全然追いつかない。

 ???


「ええと、あの?」

「わぁ~人と話したの久しぶりやぁ。感無量っ」

「はぁ、ええと、あの」

「お兄さん、ほんま好きやぁ~。名前なんて言うん?」


 名前?


「お名前聞いたらお名前言うもんちゃうの?」


 ええっと、確かに、そのような。


「この教区に赴任しました司祭のボニ=アマントボヌムと申します」

「ボニ……?」

「ボニ=アマントボヌムです」

「……えっとボニたんは今日はお散歩?」


 ボニたん?


「ボニたんはお散歩中なん?」


 状況はよくわからないが判断を誤るわけにはいかない。僕の命は未だ風前の灯火だ。

 考えろ。もちろん、あなたを討伐しに来ました、とは言えない。

 チラリと再び黒衣のほうを見るけど、敵うとはとても思えない。今も背筋がゾクゾクしている。なぜか頭は友好的だけど、このまま逃してもらえるかはわからない。

 とりあえず正直に言うしかないだろうか。


「この先の村に派遣されたので向かってる途中です」

「あ~あるね、村。フラフラっと近寄ったんやけどみんな逃げちゃってさぁ。まぁ生首持っとるから仕方ないんやけど悲しいの。あ~突っ立ってちゃなんだな。お茶とかする?」


 デュラはんは気負う僕の頭の斜め上を行く。

 お茶とか?


「えっとえっと。この林の先に湖があって、そこに洞窟みつけて住んでるん。切り株あつめて椅子っぽくしたん。もしよかったら」

「はぁ」


 仕方なくデュラハンについていくと、日の光をキラキラと鏡のように反射する清明な湖が現れた。

 その畔に掘り返されたと思しき切り株がいくつか並べられ、古びた木の皿やコップが置かれていた。

 デュラハンってごはん食べるの?


「えと、みかんジュースでええのかな」


 デュラハンは湖畔に生えていたアリカムの実をいくつかもぎ取って皮をむいてコップの上で握りこんで絞る。

 うわぁ……。


「あ、一応コップも手も洗ってるから大丈夫、たぶん」


 たぶん?

 でもここで断って機嫌を損ねるのもまずい気がする。

 恐る恐る口をつけたジュースは普通においしかった。


「あの、デュラハンって食べ物食べるのですか?」

「あ~デュラ(↑)ハン(↓)じゃなくてデュ(↑)ラはん(↓)、なん」

「デュラはん」

「お、そうそう、わかってくれる?」


 デュラはんは僕の目の前の切り株の上にニコニコした頭部だけ置いて、黒衣の体はその後ろに座った。

 ええと、デュラハンってこういうものなのかな、随分学んだ内容と違う。


「デュラはんさんはここで何を?」

「デュラはんでええよ。することなくて~。暇なん」

「デュラハンは人に姿を見られると襲うものと聞いていたのですが」

「それな、なんかやばい奴やん?」


 やばくないデュラハンなんているのだろうか。


「タライ一杯の血ぃぶっかけるとか誰得なん? それに目ぇ潰して回ってたら友達できんやん」


 まぁ。

 デュラハンと友達?


「そんでな、俺寄り合いから逃げてきてん」

「寄り合い? そんなものが?」

「なんかようわからんのやけど、どこどこの家いって血ぃかけてこいみたいな、やってられんやろ? ボニたんもそう思わん?」

「はぁ、まぁ」


 デュラハンの寄り合いがあるという話は聞いたことはないが、そういうものがあるのであれば新発見だ。

 デュラはんは寄り合いから逃げてきてなんとなくこの辺に落ち着いたけど、たまに夜中に元同僚のデュラハンが探しにきてそのたびに逃げ回っているらしい。日中うろうろしてるのは暇だから。夜はこの辺でごろごろしてる。

 なんだそれ。普通の自堕落な人間にしか思えない。


「なんか俺、そんなわけで寂しいねん。久しぶりに人と話しできてめっちゃ楽しかったわ」


 ほがらかにケラケラと笑うデュラはん。顔だけ見ると悪い人には思えない。


「デュラはんはどうして日中でも動けるんですか? デュラハンは普通夜に活動するものだと思うのですけど」

「ええ? お散歩するならお昼やん。真っ暗も悪ないけど一人やったら寂しいもん」

「お散歩。普通は夜の魔物は日の光の下では苦しんだりするものだと思っていたのですが」

「それな、俺思い込みや思うねん。同僚はみんな昼間は寝とるわ。そういうもんやと思っとるんやろ? 多分ほんまに苦しいんかもしれん。でも俺は別に普通に動けるから普通に逃げてきたった」


 ゴクリとのどが鳴る。では、世の中の夜の魔物は本来昼でも活動できるというのか?

 いや、そんなはずは。神の理では夜の魔物の領域は夜のはずだ。

 それならば、このデュラはんはその理から外れたユニーク個体なのだろうか。

 僕の最大の武器は聖水だ。いざとなれば振りかけて時間を稼いで逃げようと思っていた。だがこのデュラハンに日の光という神の祝福に効果がないのであれば、聖水は効くのだろうか。自分の武器の有効性の確認は大前提だ。

 いまのところデュラはん自体からは害意を感じない。友好的に別れられるかもしれないが、その保証はない。おそるおそる尋ねる。


「あの、宜しければ少し実験したいのですが」

「実験? なんなん? 面白そうやん」

「魔物は聖水に弱いものと聞いています。デュラはんに効くか試してみてもよろしいでしょうか。その、思い込みかどうかという点で」


 デュラはんはちょっと真面目な顔をして、ん~、と悩む。普通は了承しない。


「ま、ええわ。ええと、どうしたらええん?」


 いいの!? そんな軽く?

 腰のホルダーから切り札の聖水をおそるおそる取り出す。今、一か八かに賭けて振りかけて逃げた方がいいのだろうか。けれども失敗したら待っているのは死だろう。逃げきれるとも思えない。ゴクリと喉が鳴る。

 いつのまにやら強い死の香りを纏う黒衣の体がデュラはんの頭の隣にいた。


「ほな、こっちの体の方にかけたって。でもちょっとやで。どこがええかな。ん~ほな左手の小指とか」


 恐る恐る少し震える腕で小指に聖水を1滴垂らす。するとポトリと落としたところからしゅわしゅわと煙が出た。


「ああ!! なんやこれ!!」


 頭のデュラはんが叫び、僕死ぬのかなと、思って脳裏にこれまでの様々な思い出が走馬灯のように駆け巡る。


「めっちゃ爽快! デオドラントっぽい! しゅわしゅわや~、ねね、頭にちょっとかけたって?」


 え?

 頭に?

 聖水を?

 魔物の?

 大丈夫なの?

 あれ? 倒せたら倒せたでいい気はするけど。

 恐る恐る頭に垂らす。


「はぁ~めっちゃえぇわぁ~シュワシュワするわぁ~」


 この聖水、不良品じゃないだろうな、いや、帯封はきっちり閉められていた。

 なにがなんだかよくわからない。

 黒衣の体が頭をワシワシと揉んで泡立てている。

 あれ? 聖水って泡立つの?

 あ、でもゾンビとかにかけると溶けたっけ。


「ちょっと湖で流してくるな」


 のしのし歩いて湖で頭を洗う黒衣。

 なんだろうこれ、なんだか全然意味が解らない。

 しばらくするとデュラはんはものすごく幸せそうな顔で戻ってきた。


「ありがとう! 心の友よ! なんやもうずいぶん頭なんて洗てなかった気がするわ。汗とかかかんからええわ思っとったけど、やっぱ埃とかついてるんやな。めっちゃ奇麗になったで!」


 聖水って洗髪剤なのか……? いやそんなはずは。

 ともあれこのデュラはんには神の恩寵がほとんど効いていない。僕にとってこの聖水は対デュラハン用の最後の切り札だった。そもそももうこのデュラはんに勝つすべはない。

 ん? 心の友? 友なの?


「ボニたん! 俺ボニたんのためなら何でもするわ! お礼したいねん。なんでも言うたって」


 なんだこれ。そして僕は心の友デュラはんを手に入れた。

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