私のカレルギアの平穏、そして『灰色と熱い鉱石』の悲願
夜半、といってもカレルギアの夜はざわめき明るく慌しい。私の生活拠点は師団だが、今日は王城に戻っている。
拠点を移した私にとって、王城はもはや窮屈で苦しい。とっとと師団に戻りたい。だが今日は重要な報告事項がある。身を整えてノリの効いたスーツを見にまとい勲章をつける。仰々しい会議の後には家族としての食事が待っているものの、今の私の身分はカレルギア第一機甲師団師団長だ。
侍従が押し開ける豪奢な扉を潜り、赤と黄色、この国の色で彩られた謁見の間に通される。その正面には王である父上と第一皇子である兄上、それから多くの大臣や高官が控えていた。皆が私の方をみてざわめく。
「リシャール=カレルギア、ただ今帰投致しました」
「うむ、ご苦労」
「早速だが検知された魔力について報告されたい。現在貴官の管理下にあるということで間違いはないか」
神祇長官が尋ねる。
さて、どう返答したものか。
「その通りです。ですが現在帝都内に動かすことはできかねます」
「何故だ。貴殿もその魔力の重要性は十分に認識されておられるだろう」
「おっしゃる通りですが私は国防も担っておりますので。すでにお聞きお呼びでしょうが、アレは大型竜種を引き寄せます。それでも城郭内に持ち込むとおっしゃるならば、大型飛龍の襲来を受けても責任を持ちかねますぞ」
大型飛龍という言葉で文官たちはおののいた。
翼竜というのは大型になればなるほど重い。一定の大きさを超えると飛ぶためには高いところから飛び立つか上昇気流を利用する必要がある。帝都カレルギアの周りは平地だ。その平地に突然10メートルの城郭がそそり立つ。だから大型の翼竜のおよそ襲来などは不可能で、やってくるならせいぜい小型程度。
それは城郭の上からの射撃で対処が可能だった。
だが飛龍というとまた別だ。同じ竜と呼ばれるがあれは翼竜のような飛びトカゲではない。
人とは異なる知性を持ち、人とは異なる方法で魔法を行使し、風を起こして空を飛ぶ。飛龍が町に降りてくることなどほとんどないが、何十年や百年単位で気まぐれな龍や狂った龍が他の龍の目を盗んで人里を襲う。
その場合、帝都のような城郭を置いた都市ですら総力戦になる。甚大な被害が出る。小さな村や町であればあっという間に廃墟と化す。
龍が動いたという報告は未だ届いてはいないが、可能性は十分にあると思っている。
それを証明するために資料を机に広げる。デュラはんが帝都外郭にある機甲師団に滞在するようになってから帝都周辺の街道や町村に現れた竜種数の数の一覧だ。
改めて見ると馬鹿らしい量だ。次から次へとやってくる。おかげでどこの部隊も出ずっぱり、日夜街道や町村の哨戒に当てられている。落ち着いたら隊員にボーナスと休暇をやらねばな。
神祇長官も納得せざるを得ない資料に眉を顰め、難しい顔で頷く。
「本当に大した損害ですな」
「人的被害は未だ出ていない。未然に防止している。それから徐々にではあるだろうが収束はしていくだろう。周辺の竜種を粗方狩り尽くすというという形になるが結果としては安全性は高まろう。まあ街道や村落の破壊については国費を支出する必要はあるだろうけれども」
「国務長官としては全く頭がいたいことですよ。その魔力源をいっそのこと破棄してしまうわけにはいかんのですかね」
「何を言う! そんなことができるはずがあるか!」
神祇長官が珍しく声を荒げた。
何故これほどあのデュラはんが問題となっているのか。それはカレルギアの特殊性にある。
他の領域では大気中に魔力が溢れている。けれどもカレルギアのある『灰色と熱い鉱石』は魔力が乏しい。だから生の魔力が領境を超えてきたという報告を聞いて衝撃が走った。
生の魔力。
そういうものはこの領域では存在し得ないはずなのだ。大気中にあまりに魔力が少ないため、魔力はあっという間に霧散する。だからこの国の魔力は山の奥深くで高圧力に固まって鉱石となったものか、分厚い外装を持つモンスターの類が微弱な魔力を体内に溜め込み生物濃縮されて固形化した魔力を掘り出したものを用いるしかない。
そしてこれらの魔石を利用して私の部隊が扱うような機甲兵器を製造している。
そうでなければあの巨大な竜たちとは渡り合えない。
この『灰色と熱い鉱石』から魔力が枯渇した原因ははるか昔に遡る。
数百年前にこの世界に転生してきた転生者アブソルト=カレルギアが『やらかし』て島全体の魔力のバランスが崩れ、世界に崩壊の危機が訪れた。そのため、もともとこの巨島全体を管理していた『灰色と熱い鉱石』は最もその被害が過酷なこの領域を管理することとし、その他の領域を分割して新しく来られた4人の魔女様に明け渡した。そして5人の魔女が力を合わせてこの島を共同管理することになったそうだ。
それ以来、何故かこの島にはたくさんの転生者や転移者が落っこちてくる。それで言語共通等、魔女様たちによってその負荷を軽減するため転生者に配慮した様々なシステムが組まれている。
そうだ、話は生の魔力だった。まだその正体もわからず追いかけていたときのことを思い出す。
突然連絡が来た。
「姫様、急報です。すぐにキーレフに向かってください」
「何故だ」
「キーレフに『生の魔力』が発生しました」
「『生の魔力』だと!?」
その報が届いたのはアストルム山で採掘の護衛をしていた時だ。
半信半疑で、そして期待が膨れ上がった。
『灰色と熱い鉱石』の悲願はこの地の魔力を元の状態に戻すこと。
だから魔力にはことさら敏感で、魔力の萌芽があればすぐに『灰色と熱い鉱石』が発見し、すぐさま神子に伝えられる。けれどもそのおおよそは、たまたま地中深く眠っていた魔力溜まりが地震によって崩落して吹き上がるといった一時的なものだった。
けれども今回はこれまでの報告とは全く異なる。
その魔力はキーレフに突然現れた。つまり領域の外から持ち込まれたということだ。
先人たちが長年研究した結果、持ち込みは不可能と結論づけられたのにかかわらずだ。だがもし外から魔力が持ち込めるのならば、この領域を立て直すための新しい手立てが産まれるかもしれない。
世界にはこの領域と異なり魔力が飽和しすぎて崩壊を招きそうな領域もあると聞く。そのような領域から魔力を移動できるのであれば……。
そう思って竜車に乗り込み一目散にアストルムを駆け下りる。
異常は山の半ばからすでに見て取れた。キーレフに急ぐ道すがら、普段と様子が異なることに気がつく。地面が響き竜車が揺れる。遠くに上がる大量の砂ぼこり、耳に響くは竜種の咆哮。竜種の活動が活発化している。あたかもスタンピートのような暴走。おそらく治安維持の警備兵などでは太刀打ちできないだろう。
急ぎ城に連絡し、南街道への派兵を要請しつつ巨竜を見かける度に部隊を分けた。
「全く急に何だというのだ!」
「その『生の魔力』とやらに反応してのことですかね。ならヤバいかもしれませんね。この量の竜種が動いてるんじゃ既に食われちまってるかもしれない、ソレ」
「その『生の魔力』とは何なのだ」
「そんなの神子候補の姫様がわかんなけりゃ俺らにわかるわけないでしょ」
手のひらに汗をかく。いつもの砂埃が何重にも絡みつくのは気のせいだけではないだろう。
何としても竜種より先に押さえねば。
これはこの領域、いやこの島全てに関わることだ。
そしてまた新しく、普段は街道筋に見ないような3頭の竜種が大きな砂埃を上げながら現れ、一目散にキーレフ方面に向かっているのが見えた。
竜種は大きければ大きいほど大量の魔力を溜め込み動く。つまり魔力が好物だ。
だから普段は森や山の奥深く、魔力が溜まりやすい場所に籠もって街道になど出てこない。とすればこのキーレフを超えてきた魔力は竜種にも感じとれるほどのものなのかもしれない。多少漏れた希少な魔力を竜種は敏感に感じ取っているのだろう。
どうやって魔力を保持し続けているのかはわからないが、魔力を完全に密封するのは魔女様たちでも困難と聞く。
急がなければ。
部隊を分けすぎて部下はもう4人しかいない。これ以上分けると隊列の維持が難しい。そう思って2頭の大型地竜ソイル・ダカリオスを斬り伏せた時、機甲が一瞬誤作動を起こした。初めてだ。
何が起きたか左右を見回した瞬間、1頭残ったソイル・ダカリオスが街道の脇に向けて猛然と駆け出す。
まずい、生の魔力が誤作動の原因だとしたら。先にそれをソイル・ダカリオスが食ってしまったら。
生の魔力の可能性は1つだけあった。
ゴブリンやオークといったモンスターが入り込んだ場合だ。スライムなんかの魔力でできているに等しいものなら、この領域に入った途端に浸透圧の作用で周囲の大気に魔力が吸収されて干からびるが、ゴブリンといった肉で動くモンスターはその内部に魔力を取り込み動かすことができる。
だがもうそれらのモンスターはこの領域には存在しない。
この領域に今生息しているのは主に竜種と、竜種に対抗できる強固な外殻で覆われた種や強大な攻撃力を有し竜種と闘って生き残れる種。それ以外はすでに食われて残らず滅んだのだ。
[強化:脚速]
慌ててソイル・ダカリオスに食らいつくが、スピードがわずかに及ばない。そしてソイル・ダカリオスの向かう直線上、その太い脚が踏みしめるごとに派手に舞い上がる黄色い土煙の先の木の上にわずかに人影が見えた。
あれか。
あれがおそらく『生の魔力』の原因。
まずい。
まずいまずい。
どう考えても間に合わない。
糞!
奥歯を噛み締めた瞬間、視界が一瞬だけ妙な光に染まり、ソイル・ダカリオスが狼狽えた。ゴーグルで防護しているから平気だったが何らかの視覚阻害魔法なのかもしれない。そしてそれは今ゴーグルがキャンセルした。
今だ!
[付与:共振]
そう思って手にした大剣で一息にソイル・ダカリオスをなで斬りにし、そのまま一直線に人影に向かう。
こいつだ。こいつの身柄を押さえねば。
そう思って剣を首筋にあてたが何か様子がおかしい。そしてその抱える籠の中から声がした。
「リシャール殿?」
「あ、ああ、すまない。現在は対象を解析中だ。事実が判明し次第報告させていただくが、高度にセンシティブな問題をはらむ。そのため詳細は個別の問い合わせに応じる形式とさせて頂きたい。極力お答えするつもりだ」
「ふむ、それならばやむを得ないな。確かにこれはこの国の根幹に関わることだ。神子候補であるリシャールにまかせるのがよかろう。みなのもの、よいな」
帝の鶴の一声で会議は終わる。不承不承という顔の中に、明らかに数名、こちらを妙な目つきで眺める者がいる。この帝国も一枚板ではない。
カレルギアは関与してはいないが丁度島全体を巡る戦争が休戦となったばかり。他の領域の国々は疲弊している。これを機に旧版図を回復したいと考えるシンパがいる。
もともとこのカレルギア帝国はこの巨島のほぼ全てを支配する大帝国であった。だがそれもまた数百年も前のことだ。情勢もかつてとはだいぶん異なる。今更そんな夢を見てもどうしようもあるまい。
そもそもこの領域は他領に攻め入る余裕などないのだから。
そう、目下はそれどころではないのだ。
はあ、なんなんだろうなあの二人は。
今は大人しく調査に協力しているのに不確定要素は増え続ける。
やはりあのデュラはんという者が『何なのか』はよくわからない。転生者らしいと言っている。転生者は生物的にはこの世界の人間と異ならないはずだ。いや、魔物に転生しているわけだからこの世界の標準的なデュラハンと異ならないはずだ。
だがそれならおかしいことがある。
デュラハンとは妖精だ。
妖精とは魔力が肉をまとったもの。肉はあくまで仮の姿だ。そうであればスライムのようにこの領域に立ち入った際にその魔力を吸い出されて死に果てるはずだろう。けれどもアレは呼吸とともに多少の魔力を排出しているものの、それ以外には魔力を放出している様子がない。それどころか魔力を摂取している様子もない。
一体どうやって動いているのだ?