僕の立場は相変わらず微妙。
僕が訪れたカレルギアの街は巨大だった。中央から少し北側に小高い丘があってそこには巨大な城がそそり立っていた。真下から見るとまるで雲を突き抜けるような威容。見上げてそのまま後ろにひっくり返りそうになるほどの尖塔が並んでいる。
それから工業区域。ここには大小様々な工房が立ち並び、たくさんの人が行き交っていた。アブシウムの教都コラプティオにもたくさん人がいたけれど、熱気というものが大違いで、その景色は随分違っている。
コラプティオは宗教都市でどこか静謐。いうなれば、北側にある教区の白磁の塔を中心に中央に政治区、それから東南西は区画にわかれてそれぞれ業種によって整然と整備されている。政治区から主要街路が八方に真っ直ぐ広がり、政治区を中心として同心円状に設けられた街路と主要街路が接続されている。
けれどもカレルギアは雑多で人いきれと熱気にあふれている。中央にそびえ立つ城の周りには貴族が住むような豪奢な邸宅や大きな官庁があるけれど、その他はごちゃごちゃしている。おおよその区画分けはあるようだけど、拡張につぐ拡張でごたごたと町並みと街路が複雑に絡み合い、至るところで色々な色の煙が立ち上がり、どこもかしこも活気が溢れていた。壁で外縁が区切られているからかもしれない。
「今日も工房をめぐります?」
「そうですね。宜しくお願いいたします」
「そうだなぁ、まだ行ってなさそうなところはっと」
「かっこいい所がええわ~」
「はいはい承りました~」
コレドさんを案内人に、午後はカレルギア内のお勧めの工房を巡っていた。コレドさんは工房生まれだそうで工房にたくさんの知り合いがいる。
正直なところ、デュラはんが正直すぎて少し助かった感はある。僕がカレルギアに来た理由なんてデュラはんが見つかってしまった以上、説明のつけようがなかった。魔物の頭を連れて観光もなにもない。
そもそも今回の僕らの計画では視察どまりだったんだ。
最終目標はデュラはんの体を作ることだとしても、そもそもその機械の体というものがどういうものかもわからない。みんなが思い描いているものと同じものか、当の本人のデュラはんの希望に合致するものかどうかさえ。だから腕を失った叔父さんがいるっていう設定でいくつかの工房で現物を確認し、おおよその説明を受けて作れそうなら見積もりを取る予定だった。
そもそもその辺の工房に行っていきなり『このデュラはんの頭に身体をつけてください』なんて言えるわけがない。捕まっちゃう。みんなは技術を盗むんだとか魔改造だとか言っていて、本当は村で作れたら1番なんだろうけどなかなかそうはいかないでしょう?
だから今回は体を希望しているデュラはんが現物を見に来ることにしたんだ。
工房巡りの間にコレドさんおすすめのレストランで舌鼓を打つ。
カレルギアでは街道で見たような竜種が食材となっていてちょっと驚く。肉質はちょっと硬いけど噛むと歯ごたえがあって芳醇な肉汁が口の中にあふれる。肉が食べられないデュラはんに細かく味の説明をする。
「牛の味に近いかも」
「へー大体焼いて食べるん?」
「焼くのが一般的ですね」
「体ができたら食べれるようになるんかな」
なんとはなしに出るデュラはんの言葉に胸が痛む。
工房巡りを重ねるうちに、見上げるカレルギアの空は抜けるように青く晴れているのに僕の気分はどんどん重くなっていた。
そもそも何故こんなことになっているかというと、最初にカレルギアを訪れた日に遡る。
僕らはジープから降りて応接室に通された。事務的な机の前にお茶とお菓子が並べられていた。
その時デュラはんは鉄の鳥かごみたいなものに入ったままマルセスさんと元の世界のことについて楽しそうに話していた。
僕が主に話しているのはリシャさんで、大きな鎧を脱いだリシャさんはこざっぱりしたシャツと作業着のようなパンツを身に着けていた。燃えるような赤い髪を編んでいて、目鼻立ちのくっきりした美人だ。僕よりは筋肉がありそうだけどこの体型であの大剣を操っていたと考えると、やっぱりこの国の技術ってすごいのかなと思う。この技術があればデュラはんは自在に動けるようになるのかな。
それで妙な取引を持ちかけられた。
デュラはんの体をリシャさんのよく知る工房で作ってもらうことを前提に、僕はアブシウム教会の秘儀の情報を教える。そう提案された。
「悪い取引ではあるまい。どこの工房に行ってもその首では門前払いだ」
「それはそうなのでしょうけれど、でも僕はもはや神父ではなく」
「それであればまさしく好都合。死んだと扱われているのであれば誓約も破棄されているだろう。他に情報を漏らしても問題はあるまい」
「……詳しいんですね。けれども僕の身分がどう扱われているのか僕にはわからないんです」
アブシウム教会の秘儀。
それは軽々に話していいようなものには思われなかった。それはこの世界、特にこの島の根幹と運行にかかわるもの。それを他国の人、特にこの国の、多分軍部の人に伝えるわけにはいかない。このリシャさんはその概要を知った上で僕に尋ねているのかも。
そもそもアブシウム教国の中ですら教会の秘儀は禁忌だ。教会に所属する者は所属する際に決して口外しないことを誓約する。死んでしまえば所属は外れ誓約も破棄されることも多いけど、誓約が残った状態で中身を口外しようとしたらその術の作用で多分僕は死んでしまう。それほどの秘密。
「ふむ。そうすると所属の確認が先か」
「ボニたん、俺別に体なくてもええよ。特に困ってへんし」
「だがステータスカードがないと貴殿も不便であろう?」
コラプティオで囚われた時点で僕は身分証、いわゆるステータスカードは奪われていた。ステータスカードを再発行すればそこに所属が表示される。教会の所属のままであればおそらく誓約はまだ生きている。けれども教会が僕のカードをまだ管理していた場合、カードを再発行すると教会に残したカードが無効化するから僕が生きているのがバレてしまう。
「なんなら亡命してもらっても構わんぞ」
「僕には住んでいる村があるんです。それに……」
これまで村を離れるということは考えてはいなかったけど、亡命するとキウィタス村の人たちや村に残ったあの子たちはもう会えなくなるだろう。アブシウム教国にはもう戻れないだろうから。
やっぱりキウィタス村は僕とデュラはんの心の村なんだ。
「急いで決める必要もない。決めるまで滞在すれば良い。かわりに監視はつけさせて頂く。魔物を持ち込むのだからそこは了承してもらう。それからデュラはん」
「なん~?」
「貴殿には調査の協力を頼みたい」
「何の調査するん?」
「第一は貴殿が安全であることを確認するため。第ニはこの国には妖精は存在し得ぬのだ。だから貴殿の体、首? を調査したい。かわりに便宜を図ろう」
「体? やらし~? まあええよ」
いつのまにかリシャさんはデュラはんと話していて、僕がぼんやりしている間に色々なことが取り決められていった。
僕とデュラはんはリシャさんの隊の宿舎の一室を間借りして、そこで滞在しながらカレルギアの街を観光をしている。僕らの話が信じてもらえたのかどうかはわからない。けれどもやはり魔物を連れ歩くことは治安上問題があるだろう。デュラはんは客観的には魔物の頭部で、安全だっていう証明はしようはないんだから。
だから常に誰か、たいていはコレドさんが一緒について回っている。コレドさんは軽いノリの人だったからあまり監視っぽい感じはしなくて気が楽だった。それになによりコレドさんは隊の腕章をつけていて、デュラハンのカゴを手に持っていても街の人には新しい機甲か何かの実験だと思われたようだ。だからデュラはんもゆったりと観光することができた。
それから今デュラはんは午前中にリシャさんの研究に付き合っている。
なんだかよくわからないコードみたいなのを付けられて、魔力とかそういったものを測られている。僕らがリシャさんの隊の便宜を受けられているのはデュラはんが研究に協力しているからだ。デュラはんが協力しなければ僕らの滞在はもっと窮屈だっただろう。
僕は返答を保留にして、デュラはんの協力におんぶにだっこでカレルギアの生活を満喫している。もやもやする。どうしたらいいんだろう。