私の奇妙な客。
我が帝都カレルギアは巨大な城郭都市である。
高さ10メートル、幅3メートルを超える分厚い城郭に都市の全てが取り囲まれ、その入出は特定の門を通じてしか行えない。まさに鉄壁の守り。街道と直結する一般門を通り過ぎて城郭沿いを進むと、多くの者が門前に列をなしながら壁を見上げているのが見て取れた。
私などはもはや見慣れてはいるが、この城郭の威容はやはり訪れる者を圧倒するらしい。だがこの程度の高さがなければ竜種の類を圧倒できぬ。
「大っきいねぇ」
「ふわぁ……すごい」
「ふふ。そうだろう」
「やっぱでっかい恐竜とか来るん?」
「む。そうだ。時折スタンピートが起きる。流石にこの壁を超える大きさのものは稀だが、それでも翼竜が飛んでくることもあるからな。ほら、あそこに大きな台があるだろう?」
下からははっきり見えないが、城郭の上部には10メートル毎に大型の迎撃兵器がしつらえてある。
「んー、あのちょっとお尻見えとるんはバリスタ的ななんかなん? 飛んでくるやつ撃ち落とすん?」
「お。わかるか。アレは我が兵団が開発した最新式でな」
「リシャ様お口が過ぎます」
む……。そうだった。こやつらはまだ敵かどうかもわからぬのだ。
とはいえどうにも敵とは思えぬし憎めない。けれども専門の諜報員というものはあの手この手で情報を手にするという。そういった輩は私には到底扱いきれぬ。だから私の考えは単純だ。相手が情報を得る前に対価を求めるのだ。それであれば取引だ。開示する情報をこちらで管理すればよいだけのこと。
だがどう見てもこのボニという者はこちらを欺瞞しようとしているようには見えない。
しかし色々と不自然すぎる。戦いの心得がある動きにも思えぬ。にもかかわらずあのソイル・ダカリオスの動きを一瞬でも止めたのだ。どういうものか仔細はわからぬが、それなりの兵装を持ち合わせているということだろう。民間人の自衛手段を大きく超える戦力だ。
それにアブシオム教国。あの国も特殊な国だ。こちらとしても教国の情報は引き出したい。この世界の敵であるアブソルトを祀る国の情報を。
やがて竜車は軍用門にたどり着き、様々な手続きを部下に任せて私は先に降りた。先に簡単に報告もせねばならぬ。それに着替える必要もあるだろう。機甲をまとっていても外に出れば砂に塗れる。髪がゴワゴワするのが鬱陶しい。
その間、2人を応接室で待たせて様子を観測させ、その間にも細々とした下調査を進めさせる。
部下からの報告ではキョロキョロと応接室内を見て回った以外におかしなことはしていないらしい。
さて、まずは入国目的を吐かせる必要がある。観光名目で入国したようだがどうだかな。油断せぬよう一人気合を入れてソファに対峙したのに開口一番気が削がれた。
「俺の体を作りに来たん。機械の体いうんがあるんやろ?」
「ちょっとデュラはん。あの、でも本当なんです」
「……何故わざわざ魔物の体を作るのだ」
「そら俺とボニたんは心の友やから」
「デュラはんには本当に助けてもらっているんです。僕が処刑されそうになったところを助けてくれたんです」
「処刑? そうすると貴殿は罪人なのか? なぜ入国できた」
「それはその、無実の罪なので身分証を使いました。それに僕は死んだことになっていて、多分」
「多分?」
言っていることが頓狂すぎて話にならぬ。
魔物が人を助ける。そんなことがあるのだろうか。
この国にはデュラハンはおらぬゆえ調べさせた。デュラハンというのは人に死をもたらして回る高位の魔物であるという。それが人を助けたという話は聞かぬ。むしろその生態は魔物というよりは何らかのシステムのように思える。いや、ついこの間、この国の外で起きた大戦の際に一部の魔物が人を助けるような妙な動きをしていたという話があったとの報告はあったがそもそも信憑性が薄いと判断されていたはずだ。
けれども確かに目の前には動く首がある。身体は失ったとは聞いたが、そうすればデュラハンというものは首が本体なのだろうか。そしてこのデュラはんとボニはなんというか、確かに友人のように親しそうであった。
混乱等の精神汚染呪文がかけられているような節もない。
全く何がどうなってるかわからん。
「あの、隊長よろしいでしょうか」
「何だ」
「もしやそのデュラはんというのは転生者か転移者ではないのでしょうか」
「お、そうそう、わかるん? 多分転生」
「何を言っているのだ。人ではないのだぞ」
「この領域の外では稀にスライムであったりゴブリンであったり、そういった者に魂を移すこともあると聴きます。そして黒髪黒目の転生者は人に親和的であると聴きました」
「黒髪黒目というのはデュラはんの種族特性ではないのか? 私は他に見たことがないのだが」
「隊長が見てないんならこの隊の誰も見てませんよ」
ふうむ、そのようなものなのだろうか。
改めて考えると『灰色と熱い鉱石』では一般的なモンスターというものがほとんど存在ない。だからスライムのような他の地域ではありふれているようなモンスターも稀だ、というより存在し得ないのだ。存在しているのは竜種を始め硬い殻を持つ種族ばかりだ。
転生者だと考えると先程のバリスタのことを理解してもおかしくはないのかもしれない。このマギカ・フェルム内の他の領域には同様の機甲はないであろうし。そもそもこれを作ったのは部下のマルセスなのだ。だから他の国の者が知るはずが、いや、諜報員であるのなら知っていてもおかしくはないのかもしれぬ。
その話が本当か前世とやらを色々訪ねたが、このデュラはんは肝心の転生前の暮らしをほとんど覚えていないらしい。ますます信憑性が薄い。が、自ら転生者であると告げながら証となる内容をさっぱり覚えていないなどといったバカバカしい嘘をつくものだろうか?
「ステータスカードを見せろ。犯罪者であれば記載されるはずだ」
「それが再発行を申請すると私が生きていることがバレてしまいますので取得できません」
そこから聞いた話はとても奇妙なものであった。
もともと司祭であったこのボニという者は教都から放逐され命を狙われる立場にあった。そこでかつて体を有していたこのデュラはんと出会い、赴任先の村で匿う。そしてこのデュラはんの知識で村を開発しつつ守ったが、やがてそれらが教都に知れ囚われたところをデュラはんに救出されて今に至る。
その際にこのデュラはんは体を失った。
なぜ魔物を匿う。
魔物が人を教都に救出? しかも教会区域から?
私も何度か外交使節として赴いたが、あそこは単独で救出などできるほど容易い場所ではあるまい。
諜報員であるのならもう少しましな話をするような。だがこやつらの妙な話は裏付けや証拠といったものがまるでないのだ。
「マルセスを呼べ。あいつは転生者だろう?」
「おっ初めての人間の転生者や!」
「人間の?」
「そうそう、キウィタス村は100人くらいの村やからな。転生者なんかおらんのよ、っていうか人間の転生者ってわりとおるん?」
「人間の? そうだな。大きな都市には何人かはいるはずだ。この世界のなかでもマギカ・フェルムは転生者が多い。魔女様たちがそのようにこの領域を調整されているからな」
そうこうしているとノックの音が聞こえる。
マルセスは我が第一機甲師団兵装開発部の研究員である30絡みの茶髪の男で転生者だ。異世界の知識を役立てている。
「マルセス、参上しました」
「この首が転生者だと主張しているが真実かわかるか?」
「えぇ? 転生者って書いてあるわけじゃないからなぁ。ステータスカードを確認すればよろしいのでは?」
「魔物でも発行されるものなのか?」
「そういえばどうでしょうね。うーん、元の世界と言っても広いからな。……たーまやー」
「おっ日本人か? かーぎやー」
「あんあんあん、とっても大好き」
「そら版権的にマズいんやないやろか」
「隊長、こいつ異世界人で日本人です」
「……異世界人の符牒でもあるのか?」
異世界人、しかもマルセスと同じ日本人。
それならこの頓狂な話も通るのか?
いや、異世界人であることを前提としても色々とおかしすぎるのではないだろうか。
「それからね、さっきこいつらの兵装を調べてたら純粋物理具でした」
「何?」
「この国の機甲技術は全く使われておりません。しかも技術力としては同等くらいはあるでしょう。いやぁ、てこの原理とか懐かしい。是非ギミックについてご教授願いたい。特に特殊弾とか」
「あー、アレは俺が作ったんやないんや。他の転生者がおってやな」
「他にもいるのか?」
「そうそう、ケンスケとかタケヒサとか。みんな首だけやけど」
「首だけ?」
なぜますますわけのわからないことを言う。
困惑する。黙っておればよいのに。
「隊長のご懸念は杞憂ですよ、多分」
「なんか心配事あるん?」
「ええ。我々は産業スパイを疑わないといけないんです」
「あー。でもめっちゃ知りたい。どうやって動いとるん? あのパワードスーツみたいなやつ。魔法なん?」
「ほら、流石に諜報員ならこんな素人丸出しな的外れなことをド直球に聞いたりしないでしょう?」
「うーん」