僕はデュラはんと旅に出る。
少し前、僕は教都コラプティオに補えられ、デュラはんに助け出された。
それ以降、僕らはキウィタス村にこっそりと隠れ住んでいる。隠れていると言ってもその生活は悠々自適。首だけになったデュラはんと、何故かたくさん落ちてきたデュラハンの首たちと一緒にのんびりと暮らしている。
それで今回、僕とデュラはんはカレルギアという国に旅立つことになった。
これまで僕はこの国を離れたことがなかった。でもカレルギアと聞くと思い浮かぶお話が一つだけある。それは悲しいお話。昔々のある王子様の悲しい恋の物語。
僕は子どもの頃に教会でその話を習った。
今回旅に出ることになった時、その王子の過ごした国はどんな国だったんだろうと考えた。かつては緑の、今は黄色と赤のカレルギア。
それで僕らの旅立ちはこんな会話から始まった。
「それでは食事の前に祈りを捧げましょう」
「「「頂きます!」」」
いつもどおりの慌ただしい食事風景。
それにしてもみんなは一体何に祈っているんだろう。揃って頂きますというけれど、何に感謝しているのかは本人たちもよくわからないみたい。それでいいのかな。変なの。
たくさんの首が並ぶ猟奇的な食卓にちょっとずつのパンやスープが並ぶ。それが一斉に浮いたり動いたりしてそれぞれの口に飲み込まれていく。知らない人が見ると卒倒しそうな光景だけど、僕らはもうすっかり慣れていた。
一人を除いて。
「何でや! 何で俺だけ食べられへんの! おかしいやん!」
「おかしくないもん~」
「努力しないからですぅ~」
「きええぇ! もう! ボニたんお外! お外行くで!」
「デュラはん、ご飯食べるまで待って」
「もう!」
がやがや騒がしい朝の風景。嫌ならどこか別の部屋で待ってればいいのにと思うのだけど、デュラはんは一人になるのは嫌みたい。
これまでずっと僕と一緒だったわけだし。
そういえば他の子はケンイチとかアキノブとか前の世界の名前があったからデュラはんもあるのかなと思って名前を聞いたことがある。けれども前の世界の知識は色々覚えているけど、自分のことはあんまり覚えてないらしい。
だから名前も覚えていなくて、みんなからはデュラと呼ばれてる。
デュラはんと他の子たちには色々と違いがあった。
他の子たちはデュラハンの身体部分を動かせなかったらしい。けれどもデュラはんは自由に動かしていた。他の子たちは魔法が多少使えるけどデュラはんは魔法が使えない。
デュラはんは練習してないフリを装ってるけど、誰もいない時に教会の隅でぶつぶつ練習してるのを僕は知っている。それでも駄目だったんだろうからやっぱり魔法は使えないのかな。他の子と何か違うのかな。
でもみんな仲良しで楽しそう。だからデュラはんもそれなりに満足している、と思っていたけどどうやら違っていたらしい。
「ボニたん! 俺、体探しに行く!!」
「体? 体はコラプティオじゃないの?」
「あれはもうないねん。やから違う体を探しに行くんや!!」
「違う体?」
よくよく聞くと、目的地はこの島の北にあるカレルギアという機械の国。
みんなから、カレルギアでは体の一部を機械化した人間が暮らしていると聞いたらしい。そういえば僕も教会でその国の資料を見たことがある。カレルギアは教会にとっても重要な国だから。
デュラはんはそこで体を作りたいらしい。
でもカレルギアは結構遠くてそう簡単には行けない場所にあるんだ。最速の長距離馬車を乗り継いでも片道1ヶ月くらいはかかりそう。
正直なところ僕はこの村を離れたくなかった。この村が好きというのもあるけどこの村なら皆が匿ってくれるから。コラプティオに僕が生きていることを知られるのはマズい。また捕まえられてしまう。でも国境と領教を越えるには身分証明が必要で、そこから生存が教会に知られてしまうのが一番まずい。この村にも迷惑をかけることになる。
でもそのへんはなんとかならなくもないのかなぁ。
僕はデュラはんの願いはなるべく叶えてあげたい。デュラはんが体を失ったのは僕のせいなんだから。
でもとでもがぐるぐると回る。でも。
「流石に無理じゃないかなぁ」
「いーや、絶対行く! 行くんや!」
「機械の体作るなんてすっごくお金かかるでしょう?」
「大丈夫。金はあいつらに出させるから」
「あぁ……」
この村は今、物凄くお金を待っていた。
たくさん落ちてきた子たちの意見で村は色々なものを作った。聞いてみれば理屈はわからなくはないけどそんな発想のなかったもの。
例えば蝋燭や石鹸に木花から抽出した色味を混ぜて色付きにするとか、蜂蜜や薬草を混ぜて良い香り付きにするとか、それで作った染料で不思議な染物を作るとか。木で挟んだり蝋を塗って模様をつけるとか誰もそんなことを考えたことはなかったもの。
他にも色々なものが村人と協議しながら準備されてるけど、そういったものを売って村にはとてもお金がある。
そんなこんなであれよあれよと言う間に出発の準備が整ってしまった。いつの間にか僕の役目だった養殖池の餌やりも他の村人に引き継がれている。
「ねぇ本当に行くの? 僕はデュラはん運ぶの全然問題ないんだけど?」
「みんなぴょんぴよん飛んでずるいんや。抹茶パフェ食べたいんや!」
「抹茶はまだ目処が立ってないじゃない」
「でもそのうち出来そうな気がするんや。そん時俺だけ食えんとか我慢ならん」
あー。
その抹茶というものを作ったことのある子はいなかったけど、何故だかみんな熱心に研究をしていた。国民性とか言っていたけど食べ物のことになると何故あんなに情熱を傾けるんだろう。あの勢いを見ていると、確かになんだかそのうち実現しそうな気がする。
この子たちが村にやってきて一番変わったのは食生活だと思う。
料理人をしていたという子と食い道楽という何人かの子たちが協力してマヨネーズを始めとした色々な調味料やそれを利用したレシピが大量に作られた。
これはナマモノだから売れないけど、今はジャムとかオイル漬けとか、いろいろな保存食を作る実験をしている。この村の人はもう以前の食生活に戻れそうにない。
そうだそうだ。それで旅立ちだ。
今僕は高速の乗合馬車に乗っている。ビジネス用で乗り心地よりスピードを重視した馬車は道を進むごとにガタガタと揺れている。その6人乗りの車内に3人。デュラはんは数には含まれない。
流石に村と同じようにデュラはんの首をそのまま持ち歩くことなんてできないから、手提げ鞄の中に入って僕の膝の上でゴトゴト揺れている。鞄を開いて中を覗けばデュラはんと目が合う謎の状況。
旅か。
僕は教都コラプティオで生まれ育った。僕はこのキウィタス村とコラプティオしか行ったことがない。神父はいろんな村を回ることも多いから旅の心得は学んでいるけど実体験はあまりない。そしてその機械の国、カレルギア帝国はコラプティオのある地域とは別の魔女様の領域にある。
「魔女様?」
「そう。あれ? デュラはんは村以外はあんまり知らないんだっけ」
「そうやなぁ。村の周りをうろうろはしとったくらいかなぁ。その前もあんまデュラハンしてないねん」
デュラハンしてない?
そういえばデュラはんは転生してすぐにデュラハンの組合から逃げてきたんだっけ。組合?
自分で言ってて常識との乖離にくらくらしちゃうけれど。
「首無し馬に乗って色々な人のところに行ったんでしょう?」
「まぁ血ぃぶっかけに行っとったけど好きでやってたわけやないで」
「わかってる。そういえばデュラはんの世界には魔法がないんだよね? だからこれから行く国はデュラはんの元いたところに似てるかもしれない」
「おっ! ほんまに?」