#3
ルートヴィッヒ視点です。
それからの五年、私たちは比較的うまくやっていたと思う。私はエリーザベトを大切に大切に、それこそ宝物を扱うように大事にしたし、エリーザベトは過去の世界でアミルに向けていた笑顔を私に向けるようになり、私は彼女を取り上げられることがないよう、良き王になろうと必死で勉学に取り組んだ。同時に、エリーザベトの傷跡を治すため、魔術や医術の研究にも取り組んだ。言い訳のように聞こえるかもしれないが、彼女の傷が醜いと思っているわけではない。ただ、女性として美しくあれないことをエリーザベトが気にしているようだと聞いて、どうにかしてやりたくなったのだ。
……ちなみに、情報源はアミルである。面白くない。
けれど、年々、エリーザベトの笑顔は曇るようになっていって、比例するように私の不安は大きくなっていく。
「エリーザベト、どうして最近私の目を見てくれないんだ?」
「まあ。そんなことはございませんわ」
わずかに目を反らして、エリーザベトは空とぼける。近頃は、表情こそ笑っていてもまるで人形のようだというのを、果たして君は気付いている?
婚約者に頼ってもらえない、不甲斐ない自分を認めるのが嫌で、私はこのごろエリーザベトと会わないようにしている。顔を見たいのに、どうしてこんなことをしているのか。自分でも呆れるほど子供っぽい行いだが、感情がコントロールできないんだ。
「集中できない」
分厚い経済学のテキストを開いたままぼやくと、ヨハンが苦笑した。自主学習の時間に、頭の中がエリーザベトでいっぱいになってしまうのはよくあることで、彼も慣れている。
「では、散歩にでも行かれたらいかがですか?今日はたしか、エリーザベト様が王妃殿下のお茶会の打ち合わせに登城されているはずですよ」
暗に、もしかしたら顔くらい見られるかもと勧めてくれているのだと気づいて、私は立ち上がった。
この五年で、エリーザベトの行動パターンはある程度把握している。彼女は薔薇の迷路が好きで、城に上がるときはいつも早めに来てそこで気持ちを整えている。今日もきっと同じようにしているだろうと、私は薔薇の迷路に向かった。案の定、奥から楽しそうなエリーザベトの声が聞こえる。ついぞ聞いたことのなかった朗らかな声音に、一体誰と話しているのだろうかと気になった。
薔薇の迷路の最深部。ガセボのベンチに腰掛けたエリーザベトは、立ったまま腰をかがめるアミルを見上げ、私が見たことのない笑顔を浮かべていた。
「それでね、ルドルフった、ら……あ」
最初に私に気付いたのは、アミルだった。アミルは顎で私がいることをエリーザベトに示し、彼の視線を追ったエリーザベトの顔から、瞬時に笑顔が抜け落ちる。
立ち上がり、淑女の礼を取るエリーザベト。だが、私は彼女の顔を見ることなんてとてもできず、その場を逃げ出した。
どうして、と疑問符が頭の中をぐるぐる回る。
どうして、アミルに笑いかける?どうして、過去を変えれば未来だって変わるはずじゃなかったのか?
夕刻になって、エリーザベトから薔薇の花が届けられた。三本の白い薔薇。彼女から送られてくるのは、いつも同じものだ。初めて薔薇の迷路でもらった時は一本だったものが、次からは三本になった。以来、折に触れてエリーザベトは三本の薔薇を送ってくれる。何故三本なのかも、白薔薇なのかも聞いたことはないけれど、きっと、エリーザベトにとっては意味があることなのだろう。だけど、今は見たくない。私はヨハンに片づけるよう命じて、翌朝まで寝室に閉じこもった。
お読みいただきありがとうございます。
ぐるぐるしてる王子は馬鹿なので女性の扱いがわかってません。
アミル殿下は一応王族ですが、扱いは婚外子なので、迷路の奥の離宮にひとりで(世話役は全員叩き出した)住んでいる設定です。ちなみに、エリーザベトの侍女はいつもしっかりアミル殿下を見張っているので、王様たちは好きにさせとけと放置してるとかいないとか(どっちだ←)。