#2 side E
薔薇の迷路で出会ったその方のことは、前々から存じ上げておりました。けれど、王子に似つかわしくない洗いざらしのシャツと、パンツを身に着けたアミル殿下を、私は最初、使用人かしらと思ってしまったのです。泣きはらした顔を見られたくなくて顔を背けると、アミル殿下は優しい笑顔でガセボまで導き、ハンカチを渡してくださいました。
「エリーザベト・シャルロッテ嬢、で合ってる?俺は第一王子のアミル。君の将来の義兄に当たる」
アミル殿下は、ご用事の途中だったのに私のために時間を割いてくださいました。話を聞き、私の知らないことを色々と教えてくださったのです。その中でも、私の興味を引いたのは、薔薇の花ことばに関するご講義でした。
「色ごとの花ことばは有名だろう?赤なら、あなたを愛していますや情熱、白なら純潔、私はあなたにふさわしいと言ったところか。でも、薔薇ってのは特別な花で、本数でも花ことばがあるんだよ。一本なら、一目惚れ、二本ならこの世界はふたりだけって具合に」
「愛を告げる花にふさわしい花ことばですね」
私はそばにあった白い薔薇に手を触れます。するとアミル殿下はその花を手折って、丁寧に棘を取り除き、私にくださいました。
「わたしはあなたにふさわしい……そう、なりたいものです」
「それは君次第だな。だが、俺はルートヴィッヒこそ、君にふさわしい男だとは思えない」
「そんな言い方。ご兄弟ですのに」
傷つけられたとはいえ、一目惚れしたお方を悪く言われて、私は少しムッとしました。嗜めると、アミル殿下は少し辛そうに笑って、「俺はこの先の未来を知ってるんだ」と仰います。
「ルートヴィッヒを愛すれば、君は傷つく。それくらいなら、ルートヴィッヒにふさわしい自分ではなく、王太子妃にふさわしい自分になってほしい」
そう仰ったアミル殿下はふと顔を上げて、遠くを睨まれました。彼の視線を追って、その先にルートヴィッヒ殿下がいらっしゃることを知った私は、いただきものだけれど、この花を殿下に渡したいと、切実にそう思ったのです。
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