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#6 side L

 アミルが学院に現れたのは、本当に突然だった。洗いざらしのシャツとズボンをだらしなく着崩して、薔薇の花束を持ったアミルは、私を見つけるなり思い切り殴りつけた。


「ったく、この阿呆が」


 呟きは、おそらく私だけが聞き取れる程度の大きさで。倒れた私は強かに背中を打ち付け、せき込んだ。その間に、アミルは観衆に紛れていたリーゼロッテを見つけ、彼女の前に跪いた。


「兄上?」


 問いかけようと口を開くと、舌先に血の味がした。口の中を切ったのか。慌てた素振りのゾフィーが駆け付け、魔術で治療してくれる。少しずつ引いていく痛みに、なんだかすべてがどうでもいいような気分になってくる。だが、そんな感傷も、アミルの言葉で吹き飛んでしまった。


「エリーザベト・シャルロッテ。国王の許可はもらってきた。後は、君が頷くだけだ。ルートヴィッヒに君はもったいない。私こそが君にふさわしい」



 ……今、あの男はなんと言った?国王の許可?私こそが君にふさわしい?

 


ふざけるな。



 目の前が真っ赤に染まる。気付くと、私は泣きながらアミルに魔術で作った短剣を突き付けていた。


「なんのつもりだ、ルートヴィッヒ」

「あ、兄上こそ、なんのつもりです。え、エリー、ザベトは、私の婚約者なのに」


 私こそがアミルなのだと、誰よりエリーザベトを愛しているのは私だと叫びそうになる。取り上げないで。そうでなければ、なんのためにルートヴィッヒに生まれ変わったのかわからなくなってしまう。


「今までさんざん放っておいて、取り上げられそうになったら惜しむのか。都合のいい話だな。なぁ、リジー。そう思わないか?」

「リジー?」


 エリーザベトの愛称は、リサかリジー。親しい間柄なら、そう呼んでいても不思議ではない。だが、婚約者である私ですらそう呼ぶのを躊躇っていたのに、何故アミルはすんなり呼んでいる?エリーザベトの方もそう呼ばれることに戸惑う様子はない。きっと、ふたりの間では定着した呼び名なのだ。


「ひどい……ひどいよ、エリーザベト。私だって、リジーって呼びたいのに……」


 ついでに言うなら、私のことはルートヴィッヒ殿下ではなく、ルーイと呼んでほしい。ゾフィーがそうしてくれていたように。泣き出した私の肩に、そっとゾフィーの手が触れる。


「ねえ、どうしたのよルーイ。あなた、私のこと愛してるんでしょう?言ってたじゃない、リーゼロッテ様の傷が消えれば婚約解消して私に王太子妃の立場をくれるって」


 甘い声。脳が融かされるような気分で彼女を見る。ピンクがかった瞳が怪しく光り、彼女の言葉に頷きかけた、その時。


「いや、なれんぞ」


 アミルの冷静な声が割り込んだ。


「なんですって?」


 ゾフィーの険を含んだ目がアミルを捉える。アミルは肩をすくめ、これ見よがしにエリーザベトを抱き寄せた。


「国王陛下がな、エリーザベトと王家の縁を切ると今後の外交に関わるってんで、お前がアイルホルン家の令嬢と縁を結びたいなら廃嫡にして俺を王太子に立てると言ってる。エリーザベトを王家に取り込む方が優先で、王位はついでだそうだ。と、言うことでゾフィー・アイルホルン嬢、残念ながら君が王太子妃になる可能性は万に一つもありえない」


 男も女もうっとりするほど魅惑的な笑顔で、アミルはゾフィーにそう告げる。


「嘘よ、そんなの。王太子妃ではなく、王太子を取り換える?そんな話聞いたこともない!」


 ゾフィーは鬼のような形相でアミルを睨んだ。


「俺だって初耳だ。だが、それだけリジーが我が国に運んだ利益は大きいということだ」

「信じない。あんな、暗くて地味な、流行にも疎い女が利益を得られるわけがないじゃない!」

「なるほど、君は流行に敏感だと聞いているが、先ごろ流行ったファッションはどこの国が発祥か知っているのか?」

「当たり前でしょ!左右違う長さの手袋は隣国の発祥だし、幅広のベルトを使った乗馬用ドレスは……」


 どうやらアミルは、ゾフィーが好むファッションの分野で彼女を叩きのめすことにしたようだ。私はアミルの腕からエリーザベトを引きはがし、ふたりから守る……もとい、アミルに取られないようにぎゅっと抱きしめる。


 アミルとゾフィーの口論は続き、騒ぎを聞いて駆け付けた学院の警備兵たちも困惑したまま立ち尽くしている。これは、早く収集をつけないとまずいかもしれない。


「とりあえず、兄上とゾフィー嬢は別室へ。私たちも当事者だから、学院長に相談して事情聴取ができる大人を手配してくれ」


 エリーザベトを抱きしめたまま、警備主任を呼んで指示を出す。アミルは自発的に、ゾフィーは警備兵たちに連れられてその場を離れる。私は腕の中に納まっているエリーザベトを離しがたくて、彼女の柔らかな頬に自分の顔をこすりつけた。その拍子にヴェールがわずかにめくれ、少しだけ覗いた傷痕に唇を寄せる。エリーザベトは真っ赤になって「ルートヴィッヒ殿下、お願いですから離してくださいませ」と震えた。


「ルーイ」

「はい?」

「ルーイって呼んで、リジー。でないと離さない」

「る、るーい殿下、離してください」


 耳元で直接言葉を吹き込むと、真っ赤だったリジーの顔は売れすぎたトマトくらいの赤に染まる。殿下がまだ余分だけど、今後正していけばいい。少し留飲を下げた私はリジーを解放した。手を差し出すと、おずおずと重ねられる指先。もう離さないと宣言するかのようにリジーの手をしっかり握りしめて、私たちも別室へと歩き出した。








「……なあ、さっきゾフィー嬢が言ってた流行ってさ」


 当事者が誰もいなくなった廊下にて。取り残された生徒たちは、情けない王太子の姿と嵐のような騒動を反芻し、この国は大丈夫だろうかと不安に陥っていた。そんな中、ぽつりとつぶやいたのは、留学してきていた隣国の王子。


「ほとんどのものが、外交の場でエリーザベト嬢が着ていたデザインを誰かが真似たのが始まり……って姉上から聞いたことがあるんだけど」


 左右で長さの違う手袋は、やけどの痕を隠すため。奇抜なデザインのドレスは、どうしても同じような型になってしまう服装にメリハリをつけるため。


「私たち、エリーザベト様の評価を間違えていたのかしら」


 誰かが呟いた言葉は、その場にいる全員の心の声だった。

お読みいただきありがとうございます。

ポンコツ&ヘタレの本領発揮ですね。でも、ある程度人を捌けるあたりは王子様。

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