#6 side E
悲鳴が聞こえて、なにごとかと振り返れば、なぜかそこにはアミル殿下がいらっしゃいました。いつもと同じ、洗いざらしのシャツとパンツを身に着けたアミル殿下が、ルートヴィッヒ殿下を見つけるなり殴りかかったのだと、近くにいたご令嬢が教えてくださいました。
「どうして、そのような」
「よう、リジー」
その方に問いかけようとした私を見て、アミル殿下は微笑みます。殴られたルートヴィッヒ殿下は、腫れた頬をゾフィー様に治していただいている最中のようでした。
鼻先をくすぐる薔薇の芳香。アミル殿下は、白薔薇の花束を捧げ、私の前に跪きました。
「アミル殿下?」
「兄上?」
私と、ルートヴィッヒ殿下の声が重なります。その場にいる誰もが、これからアミル殿下がしようとしていることが分からず、動くことができませんでした。
「エリーザベト・シャルロッテ。国王の許可はもらってきた。後は、君が頷くだけだ。ルートヴィッヒに君はもったいない。私こそが君にふさわしい」
そう言うアミル殿下の目には、イタズラをしている子供のような輝きが。捧げられたのは、十三本の花束。意味は、永遠の友情。
「あ、ありがとうございます」
捧げられたのは、愛ではありません。きっと、アミル殿下にはなにかお考えがあるのでしょう。国王陛下の許可もあると仰っていましたし、この花を受け取るのが、私の役割で間違いない……はずです。そう考えて、光沢のある白い布で包み、真っ赤なリボンをかけた花束に手を伸ばしました。
「嫌だ!」
というルートヴィッヒ殿下の声と、ご令嬢たちの悲鳴は同時でした。魔法で作られた炎の短剣をアミル殿下に突き付けて、ルートヴィッヒ殿下は泣いていらっしゃいました。感情のブレに合わせて形を変える不安定な炎が、アミル殿下の黒髪をチリチリと焦がし、不快な匂いが漂います。
「なんのつもりだ、ルートヴィッヒ」
「あ、兄上こそ、なんのつもりです。え、エリー、ザベトは、私の婚約者なのに」
じゅうっと音がして、ルートヴィッヒ殿下がアミル殿下に突き付けていた短剣が消えました。アミル殿下の魔法です。以前、アミル殿下はお酒を飲むときに魔法で氷を作ることだけが魔力を持っていて喜ばしいことだと仰っていましたから、きっとその応用なのだと思います。花束を私に押し付けて、立ち上がったアミル殿下は獲物を見つけた獣のような、獰猛な微笑みを浮かべていらっしゃいました。
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