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夢の続き

ヒロイン視点になります。

「北川さん……何度も言うけど、どうしたって俺は教師で、君は生徒だからね?」


 高校三年の春、また私は先生を困らせた。

 放課後、西校舎の屋上に続く階段の踊り場に先生を呼び出す。この時間のこの場所は、あまり人が来ないから。


「どうしても、笹塚先生が好きです……ごめんなさい。生徒だから駄目なのは分かります。それなら、卒業してから、また好きって言ったら応えてくれますか?」

「……もっと他を見て。俺みたいなおっさんなんか踏み台にして、次に行きなよ」

「じゃあっ、五年後、まだ好きですって言ったら?」


 必死だった。まるで駄々っ子だ。きっと後から、困らせた事を後悔するくせに。

 そんな私に、先生は俯き、溜め息をつく。


「……五年って……凄いなとは思うけど……不毛だよ。せっかくの若い時間を無駄にしないで。勿体ないよ」


 不毛だとか、勿体ないとか、そんな事……決めるのは私だ。

 そんな事じゃなくて……私なんか好きじゃないって、迷惑だって、はっきり言ってくれればいいのに。

 でも言葉が喉に詰まったように出て来なくて。

 先生はそれ以上何も言わず、踵を返して階段を降り始めてしまった。

 ああ、またフラれちゃった。また困らせた。……でも、好き。好き……


 たった今私の渾身の告白(三回目)を断った人の後ろ姿を、目で追う。

 分かってる。何度想いを伝えたって、笹塚先生が私の事全然好きじゃない事くらい。これから先も、好きになってもらえる日なんて、来ないって事も。

 でも、だって、伝えなきゃどうしようもなくなるんだ。気持ちがどんどん膨らんで溢れてきて、抱えきれなくなってしまう。だから私は、先生に抱えきれない気持ちを押しつけてしまう。

 先生は、困ってる。だって、私は『生徒』で、先生は『先生』なんだから。自分が嫌になる。身勝手な行為。身勝手な好意……

 ゆっくりと階段を降りていく先生を見ながら、私は――



 中学生の時、絵を描くのが好きならここはどう?って友達に言われて、体験入学に来たこの高校で出会ったのが、最初。

 笹塚先生は、学校案内をしてくれた先生だった。他の先生達がみんなスーツな中、笹塚先生は赤いTシャツに青いデニムのパンツ、黒いショートブーツを履いて、颯爽と現れた。肘を少し外側に向けながら手を振り、大股で歩いている。

 少しだけ長めの髪が、天使の輪を作りながらサラサラ後ろになびく。


「初めまして、こんにちは。笹塚和正(ささつかかずまさ)です」


 柔らかな低音。背が高いから少し怖そうに見えたけど、笑うと目尻が下がって、穏やかで優しげな顔になった。

 私は一瞬で恋に落ちた。一目惚れだったんだと思う。


 それから私は、猛勉強した。何故かって? 偏差値高めのこの高校一本に絞って受験する事に決めたからだ。また先生に、会うために。

 ドキドキしながら臨んだ入学式。

 並べられたパイプ椅子に座る新入生達。みんな緊張した面持ちだった。遠くに見えた座ってる先生達はみんなスーツでビシッとキメてて、その中に笹塚先生の姿は、見つけられない。私は焦った。もしかして、もうこの学校にいないとか?

 私の脳内に浮かぶ笹塚先生像はどこにも居なくて。もしかして、見つけられないだけ? だとしたら悔しい。

 結局、私は入学式で笹塚先生を見つける事は出来なかった。意気消沈。居ないにしても、居たけど見つけられなかったにしても、どちらにしても凹む。


 高校に通い始めて三日目。未だ笹塚先生には会えないまま。私はずっともやもやしたまま過ごしていた。


「はー……」


 溜め息をつきながら席を立つ。近くの席の子とは時々話すけど、まだそこまで仲の良い子が居なくて、私はプリントで場所を確認しながら一人で美術室へ向かう。

 適当な席に座り、クロッキー帳と鉛筆を机に出した。生徒は全員集まったようだけど、まだ肝心の先生が来ていない。手持ち無沙汰で、私はぼんやりと前を見る。

 黒板の斜め前に、ホワイトボードがあった。どっちを使うんだろう。上には巻かれたスクリーンや、高さや向きを調節出来るテレビモニターまである。先生が着くであろう机の上には、カメラのような物があった。

 観察している内、始業のチャイムが鳴る。そのチャイムとほぼ同時に、美術室のドアが開いた。入ってきた人物に、私は目を見張る。

 その人は、肘を少し外側に向けて、大股で歩く。


「おはようございます。遅くなってすみません」


 今黒板の前に居るのは、あの。


「初めましての方は初めまして。体験入学でお会いしてる人は、お久しぶりです。私は美術を担当してます、笹塚和正(ささつかかずまさ)と言います。よろしくお願いします」


 先生はスーツを着ていた。眼鏡をかけて、髪は後ろに流して固めている。髪を下ろしている時には気が付かなかったけど、両サイドを刈り上げていた。最近流行ってる……確か、ツーブロックって言うんだったか。


「みなさん多分知ってると思いますが、うちの学校は美術に力を入れています。美術部からもたくさん受賞者が出ているので、興味がある方は是非入部してください。因みに、私が顧問です」


 体験入学の時とは全然印象が違う。スーツ、眼鏡、ツーブロックでオールバック……どうしよう、格好いい。素敵すぎて胸が苦しい。

 でもいくら印象が違うからって、入学式で見つけられなかったのは悔しい。自分にがっかりだ。


「実は私、入学式の日はインフルエンザで欠席してしまったので、みなさんの顔を見る事が出来なくて残念でした。でも今日お会い出来て嬉しいです」


 低く柔和な声が、教室内に優しく響く。

 私が見つけられなかったんじゃなくて、居なかったんだ。なんだぁ。インフル、もうすっかりいいのかな?


「では今日は試しにクロッキーでもしてみましょう。私がポーズをとるので、二つ、描いてもらいます。最初なので、一つ十五分くらいかけようかな」

「ええ〜! 十五分短くないですか?!」


 先生の言葉に、生徒達から不満が上がる。でもそんな事も気にならないくらい、私は夢心地で先生を見つめていた。あ、今目が合ったかも!


「長いって。クロッキーは五分十分とかで描くものですよ?」

「マジで? 短っ」

「でしょ? だから最初は長めに時間とるからね。じゃあ、とにかくやってみましょう」


 時々丁寧語が取れてタメ口になる先生もイイ。男っぽい外見なのに、話し方は優しい。好き。ふわふわ、地に足がつかない。

 先生はあれこれ描き方の説明をしてたけど、半分は聞き逃したかもしれない。説明の後、先生がポーズをとる。ブレザーを脱いで袖を捲った先生が、少し上体を捻って立つ。


「はい、スタート〜」


 ストップウォッチを押す手が素敵。お尻のラインが綺麗。捻った腰から肩までのワイシャツの皺も素敵。横を向いた首に浮く筋も、何だか色っぽくてドキドキする。私は夢中で先生の姿を描き写す。



 私は美術の授業が楽しみで仕方なかった。美術部にも入部した。何とか先生と仲良くなりたくて、たくさん質問したり、相談したり。先生が三十歳って事も教えてもらった。十五歳差……やっぱり無理だよな。

 やっと出来た友達と初めて喧嘩した時も、笹塚先生に泣きついた。先生は放課後時間を取ってくれて、親身に話を聞いてアドバイスしてくれた。担任じゃないのに、進路相談まで受けてくれた。

 ちょっと不純な動機で入った美術部だけど、私は絵を描くのが、前よりもっと大好きになった。でも、それ以上に、先生の事も……

 話す度、授業を受ける度、増していく『好き』の気持ち。私は堪らず、先生に気持ちを伝えた。


「あの、気付いてるかもしれませんが、私……笹塚先生の事が、好きです」


 結果は……勿論惨敗。


「誰かを好きになる気持ちはコントロール出来るものじゃないし、好きでいてくれるのは有り難いけど、俺には応えられないよ」


 いつの間にか『私』から『俺』に変わった一人称。スーツもたまにしか着なくなり、初めて見た時みたいな、Tシャツとデニムパンツ。俯くと、いつものショートブーツ。

 最初は先生も、ちゃんとしなきゃって、身構えてたのかな。

 泣いちゃ駄目って思うのに、涙が止めどなく流れる。案の定、先生が困った顔になった。


「俺は教師で、君は生徒だから。きっといつか、もっと良い人が現れるよ」


 私が「好きです」って言った時、先生、一瞬顔が強張ってた。迷惑なんだなって分かった。当然の事だけど。


 そうやってフラレたのに、私は全然吹っ切れなくて、ずっと先生の事が好きなままで。失恋って、恋心を失うんじゃないの?

 日に日に増していく想いが溢れてしまって、一年後、また『好き』って伝えてしまった。やっぱり先生は、「どうにもならないよ」って言って、苦笑い。


 美術部の写生大会に行った時、こっそり先生の手を握ったりした。叶わなくても、触れたくて、少しでも近づきたくて。


「せんせー、結婚して?」


 握った手を揺らしながら、誤魔化すように、ふざけた口調で言ってみる。振り払われはしなかったけど、先生はただ黙り込むばかりで、握り返してはもらえなかった。

 ああ、先生が困ってる。後悔。ごめんなさい。困らせたい訳じゃないのに。




 今までの事を思い出してぼんやりしていたら、私は突然大きな影に包まれた。私を置いて階段を降り始めたはずの先生に、何故か抱き締められている。


「え? え?」


 私の頭は大混乱だ。


「嘘だ……本当は、君が好きだ。好きだ……」


 まさか。嘘だ。そんなの、嘘だ。これは、夢?

 夢だという事を裏付けるように、辺りには緑や黄色のふわふわした光が漂っている。


「これ、夢だよね? 先生?」

「……そうだよ。だから、目を覚まそう。君が、好きなんだ……」


 やっぱり夢か。一体何処からが夢だったんだろう?分かんないけど、でも嬉しい。幸せ。

 先生の、力強くてあったかい腕。前に煙草やめるって言ってたのに、仄かな煙草の香り。なんてリアルな夢。

 今まで笹塚先生の出てくる夢といえば、片想いしてる、現実と変わらない切ないものばかり。夢でまで片想いじゃなくてもよくない?夢くらい、幸せでもいいじゃない?って、いつも思ってた。

 これは満喫しなくちゃ、それこそ勿体ない。


「やだよ。こんな幸せな夢、初めてだもん。あと五分だけ寝かせて。あと五分だけ、夢を見たい……」

「いやいや、起きようよ」


 先生が泣きそうな顔で笑う。


「やーだね。じゃあ起きたら先生、私と結婚してくれる?」

「いいよ。君が大好きだから」

「やったあ……私も、大好き……」


 あと五分だけ。あと五分だけ。


 そう思いながら、私はここぞとばかりに先生にしがみつく。

 先生のTシャツをぎゅーっと握って、厚い胸に頬ずりして。深呼吸して先生の匂いを吸い込み、肺にいっぱい満たした。




お読み頂きありがとうございました!

次で一応完結。次回ヒーロー視点になります。

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