風の里の言い伝え
誤字脱字報告ありがとうございます。適宜修正させていただきました。
グラニーラムゼースミスの里の東側にある畑で、エルフにしては筋肉質の大男が30人の部下を従えて、数ヶ月手入れのなされていなかった畑を耕していた。1週間ほど前に、魔植からの防衛としてやってきた援軍がここに植えてあった蕎麦の実を刈り取ってしまったので空き地になったからだ。里には援軍の持ってきた支援食糧があるが、それもいつまでもつかわからない。里の食糧は里で供給しなければならないのだ。大男達の耕している畑から見て西側の里の向こうにも同じ規模の畑があるが、そこにも同数の人数で畑を耕している。3日ほど前に、援軍の隊長が連れてきた従魔が、崖だらけのこの土地を、どんな魔法を使ったか知らないが開けた、光の差す場所へと変えたのだ。前の畑の広さの数十倍になるこの場所は里のエルフの食糧を賄えるのに十分なだけでなく、周辺の基本人族や獣人族の街へ輸出できるほどになるだろう。ただし、今は里の食糧の方が大事だ。やってきた援軍の隊長からもらった種は、基本人族たちからは『お助けイモ』と呼ばれるものであった。高地や痩せた土地でも栽培ができるものだと知ってはいたが、あまりおいしいものではなく、エルフ族の間でも栽培されていなかったものだ。背に腹は代えられない、と思っていたのだが、魔植の討伐成功として開かれた祝勝会で出された料理のなかにこのイモがあった。援軍隊長のボルドウィン氏が
「畑が空いているのなら、これを撒くといい。そうスネークが言っていたぞ」
そう言って渡してくれた。お助けイモとやらの種だそうだ。あの従魔はすごい。土魔法で地下にトンネルを作っておいて魔力切れも起こさずにぴんぴんしている! 私なら1年はかかる代物だ。男の土魔法は畑の表面の土を掘り起こすのに便利だが、トンネルを掘り、その穴の壁を強化することはできない。男は自分の出来ない魔法について思いをはせるのを止めて、目の前の畑を眺めた。しかし、それにしても広い…… その男は土魔法が使えるので、他の者が鍬を使って耕しているより効果的なのだが、それでもまだまだ作業は終わらなかった。
「おーい、ハンスさーん。一雨降りそうだから、今日はもうこの辺にしとかないか? 」
空を見ると、確かに黒雲が広がっており、空から冷たい空気が吹いてきている。ああ、これはすぐにでも降りそうだな。里に帰るより、砦に入って難を逃れよう、そうハンスと呼ばれた男は判断した。
「そうだな。すぐにでも降りそうだから、一旦砦で避難して、止んだら帰るか。みんなー、今日はもう終わりだーーーー」
一声かけたころにはぽつぽつ雨が降り出していた。作業をするのを止め、近くの砦まで全員が入ったところで本降りになり、あろうことか雷が落ちた。近い! すぐ近くだ!
「早く引き上げといてよかったな」
「里に帰らずに砦で雨宿りしたことも正解だったなぁ」
「しかしまぁ、すんげぇ雷だったなぁ。世界樹さまは大丈夫だろか? 」
「今まで無事だったから大丈夫じゃねぇんか? 」
「あんな高いところに生えとったんだけど、今までなんもなかったからなぁ」
「雷って高いところに落ちるんか? 」
「よく南側や北側砦に落ちてるぞ? あそこはこの辺でも一番高いところにあるからなぁ」
「まぁ大丈夫だんべ? なんか飲んで待つさー」
「そうだな。衛生兵さんからもらった茶葉でも飲むか」
「そんなんもらったんかー。どんな味だべ? 」
「なんか苦うまいらしいって言ってたな 」
「どういうことだべ? 」
「その子が言うには苦くてあまり好きじゃないそうだ。ボルドウィンさんがよく飲んでるらしい。誰かお湯を沸かしてくれ」
皆で茶を啜りながら待つことしばし。雷も止み、ざあざあ降りだった雨も上がり、空には虹が出ていた。
「そんじゃあ帰るか」
「隊長ー、帰りは地下道から帰るのか? 」
「いや、新しくできた道と、変わった川の様子を見ていこうや」
「この辺りの川ってあんなに深かったっけ? 川幅も少し広がった気がするど」
「あれもスネーク殿がやらかしたんだろうなぁ」
ワイワイ騒ぎながら砦を出て、帰り道を歩いて歩くこと数十分。可動橋のところまでやってきた。特に今はエルフ以外の誰かが来ているわけでもないので可動橋は下ろしたままの状態だった。里の居住部がある崖も低くなったなぁと見上げてたら。
「た、隊長! なんだありゃーーーーー! 」
なんだありゃ――――と叫びたくもなる! あふれんばかりの小動物が里から飛び出してきたのだ、空を飛んで!
「あれは! ボルドウィン殿の鎌鼬?! あれほどの数を出せるものなのか?? 里に何かあったのか!? 」
その大男たちは慌てて里の内部に入る。外に出ていたもののすべて、空を見上げて口を開けていた……
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「神の御子、アレはいったいなんなのでしょうか? 」
あれはボルちゃんの魔法でできた生き物? 魔法生物とかいってたか? 召喚とボルちゃんは言っていたけど、召喚魔法じゃないよなぁ……
「ボルちゃんは風魔法使いでしたよね? それならば、私もあの生き物が使えるようになるのでしょうか? 」
風魔法が使えるんならいけるんじゃない? グラニーちゃんは使えるよね、風魔法。「今まで魔力を内部に蓄えていたので使ったことはありませんが……」
そうか、そんなら我、水晶岩に風の魔力を蓄えるから、それを使ってみて。我、水晶岩に飛び乗り、む~んと唸ります。水晶岩は見る間に青く淡く輝いていきます。夕日に照らされていますな。込めすぎると割れちゃうのでこの辺で。
「これは! 素晴らしい魔力の塊です! 」
そんなこと言って水晶岩に抱き着いたグラニーちゃん。魔力を吸い取っていますな……
「優しい感じがする…… これが神の御子の風の魔力…… 」
優しい感じがするのなら、我が飲み込んだ風結晶を作った神樹さまのせいだろうなぁ。
「空よ、無限の風を生み出す母よ、汝の子たる者の力を我に貸し給え。汝の子はわが魔力を与えさらに力をまさんことを欲す。その名は鎌鼬、空から生まれ、空を切り裂くものなり、その名は鎌鼬…… 」
ボルちゃんの呪言をそのまま唱えるグラニーちゃん。すると、岩から大量のイタチ? 白いな? 白イタチ? フェレット? オコジョ? テンていうんだっけ? なんかわからんがたくさんのイタチさんたちがでてきた! 空をぐるぐる飛んでます! 回ってます! 飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回って回って回るぅうぅう♪ なんでこんなに出てきた?
「守り人たちが食料に困っているという話を聞きまして、それならあの子達に神の子御子から頂いた緑の魔力を渡しまして育ててもらおうかと」
そうですか。それならどうぞ、ご存分に! いけーーーーーー!
たくさんのフェレェ~~ットを~ 空に向け 撒き散らすと~♪
谷崖に跳ね上~~げてぇ 砕ける岩壁 流れる土砂 渦巻く旋風 たちまちにぃ♪
なんか緑色の壺を持ってますな! あれはボルちゃんのイタチも色違いで持っていたような? あ~散っていってしまった……
散ったものあれば集ってきたものあり。遠くから声をあげていた者たちがやってきた。
「ボボボルドウィン殿~!!」
やってきたのはクラさん達だ。どうしたのかな? クラさんと目が合った。
「どうしたのかな? ではありませんぞ! あれはボルドウィン殿の…… ボルドウィン殿? 」
あ~今はほっておいてあげてね? ボル・イタチが現れてからずっとこの調子なんジャ!
はっきり言って今のボルちゃんはポンコツだぜ!
「それではスネーク殿…… あれ? スネーク殿と話ができてる…… なんで? 」
細かいことは気にしない! やってきたのは今のイタチのことか?
「そそそうです! ボルドウィン殿が大量に鎌鼬を出したので、何事かと思いやってきました! 」
あれは、グラニーちゃん…… 世界樹さまの風魔法だぞ? 初めて使ったにしては風魔法の奥義・鎌鼬が使えたのだ。
「なんと!それはまことですか! 」
まことまこと! 我、目の前で見てたもんね~。あ、この人クラさんだよ! クラさんや、知っとるとは思うが、こちらグラニーラムゼースミスの世界樹さまね。
「お初にお目にかかりまする! 私はグラニーラムゼースミスの里の開墾部隊の長をしておりますハンス・
クラインガルデンと申します! 以後お見知りおきを! 」
「クラさん……というのはボルちゃんのようなものですか? 」
そこを気にするんかい! まあそうだな。しいて言えば”さん”の方が”ちゃん”よりちょっと距離を開けた感じだな!
「それでは私のことは引き続き、グラニーちゃんでお願いします」
直接呼ぶときはそうするけど、誰かがいるときはその誰かに気を遣わんとな!だからエルフさん達がいるところではグラニーちゃんとは呼ばないよ。
「ええと…… 今のはスネーク殿に話したんですよね? 」
「そうです。それで、守り人たちよ。先ほどの魔法・鎌鼬がボルちゃんのかどうか、確認しにきたわけですか」
「はい、誰かボルドウィン殿の居場所を知らないか聞いたら、ここだというので。特に異変というわけではないのですね! というか、世界樹さまの風魔法なのですか…… あの言い伝えは本当の事なのか? 」
「言い伝えと言いますと? 」
「あ、はい……これは風の里だけに伝わる話なのですが…… 風の里の世界樹さまが魔法を使えるようになったとき、その里は繁栄を約束される、と。実際は、風の里に限らないのですが、世界樹さま自ら魔法を使うことは全くなく、その話は否定されているのですが、風の里だけに信じられている話なのです。詳しい話は知りません」
ふーん。世界樹本人(本樹? )が魔法を使ったりしたら、赤い実とかが成りにくくなると思うんだけど。
「ええ。私もそう思います。だからこの話は嘘なんじゃないかと思ってます。グラニーラムゼースミス様も魔力を使うことはほどほどに…………ってあれーーーー? なんでまたヴァイスハイト・オープストが~! 里長に報告せねば! 」
クラさんは去っていった…… あの数少ないヴィンド・アプフェルは回収しといたほうがいいんじゃね? ボルちゃんよ? と振り向いたら、相変わらずだらしない顔をしていたボルちゃんがいた。だめだこりゃ! 我、ジャンプして光輝く実を4つ回収、あと赤い実も300個ぐらい回収しておきましょう。
本日はこれにて。
お読みいただきありがとうございます。




