《番外編 魔王閣下はお怒りのようです》
魔王が主役の番外編です。
闇の領域、墨を流したように黯い雲から雷鳴が轟くなか魔王の居城はある。
魔王城の作戦会議室では魔王のほか幹部、将軍らの歴々が醜悪な顔を揃えていた。
「現在、勇者一行は砦を超えてこちらへ進撃しています」
円卓に拡げられた地図の上を幹部のひとりが長い爪でなぞる。
「直ちに西の砦や東の砦から兵員を補充させました」
魔族魔物を統べる魔王は報告を聞いてうむと頷く。
「スタイナーを向かわせろ。彼が来ればもう安心だ」
スタイナー、魔王の配下のなかで最も信頼の篤い将軍の名前が出たとき、幹部一同は身を強ばらせる。
緊張のなか、幹部のひとりボルゴフがすぅっと息を吸った後に報告する。
「閣下、スタイナー魔将は……」
その次の言葉をこれまた幹部のひとりガイゼリックが引き継ぐ。
「現在、スタイナー魔将の兵員は乏しく、攻撃能力はほとんどないに等しいかと……」
ふたりの幹部の報告に魔王がぴくりとわずかに眉をひそめる。そしてぷるぷると震える指で老眼鏡を外す。
「……以下の四名だけ残れ。ガイゼリック、ボルゴフ、カミーラ、レナルード」
名前を呼ばれた四名以外の魔物がぞろぞろと部屋を出る。
ぱたんと扉が閉まると魔王が語気を荒げる。
「どういうことだ!? 命令したはずだぞ! 直ちにスタイナーに兵員を補充しろと!」
びりびりと作戦会議室が魔王の怒声が響く。
「余の命令に背くとは! おかげでこのザマだ! 貴様らは魔界学校で何を学んできた!? せいぜい人間どもを怖がらせる方法だけだ!」
「閣下、それはあまりにも言葉が過ぎるかと……!」とボルゴフ。
「黙れ! これは魔物魔族に対する裏切り行為だ!」
老眼鏡をばしりと地図に叩きつける。
作戦会議室の外の廊下では配下の魔物が緊張の面持ちで魔王の怒声に震える。
淫魔が涙を零す。そばに立つメデューサが「大丈夫よ。本心じゃないわ」と慰める。
なおも作戦会議室では依然として魔王の怒声が響く。
「確かに、余は魔界学校を首席で出てはいないが!」と魔王が拳で自らの胸をどんどんと叩く。
「それでも人間界の半分近くを支配したぞ!」
どすんと玉座に腰を下ろす。
「こんな状況ではまともな作戦は立てられん。だが、言っておくぞ。余はたとえ一人になっても勇者を迎え撃つぞ!」
ふぅーっと深く息を吐く。
「もうよい。しばしひとりにさせてくれ」
そう命令が下ると幹部一同が部屋を出、魔王ひとりだけになった。そして額に手を添える。
あと少しで人間界を征服出来るところまできたというのに……。
後日、魔王は玉座の間にてひとり玉座に座していた。
トントンと肘掛けを指で叩いていると、いきなり門が勢い良く開かれた。
「も、申し上げます! スタイナー魔将が……討ち死になされました……!」
伝令役が息も絶え絶えに報告する。
「そうか、スタイナーが……」
ゆらりと玉座から立つと伝令役に指令を下す。
「幹部含め魔王城にいる配下を大広間に集めよ」
魔王城では一番広い部屋の大広間にて多種多様の魔物が何事かとざわざわとざわめいていた。
大広間の上部、全体が見渡せる謁見席から魔王が姿を現したので、ざわめきがぴたり止む。
魔王はすぅっと鼻で息を吸うと口を開く。
「皆の者、すでに知っている者もあろうが、まず残念な知らせがある。我らが勇敢なるスタイナー魔将が戦死した」
スタイナー魔将が戦死したと聞き、ざわめきと動揺が広がる。
魔王が静かにするように、と片手を上げたのでざわめきが収まる。
「ただ今より幹部一同含め、我らは勇者一行と対峙する!」
魔王の力強い宣言に魔物達が割れんばかりの喚声をあげる。
「魔王様! 魔王様!」
魔王が片手を上げたので、再び静かになる。
「皆の者、よく今まで余に付いてきてくれた。その事について感謝を述べたい」
魔王が眼下の魔物達に頭を下げる。
「魔王様! お顔をあげてください!」
「おらたちも勇者の野郎と死ぬ覚悟で闘いますだ!」
魔王が頭を上げる。そして口を開く。
「皆の者、余のために勇者と闘ってくれるのは嬉しい。だが、勇者は強い。余でさえも太刀打ち出来るかは分からん」
いったん区切って目を閉じる。
「これより最後の命令を下す。ここから逃げて、無事生き延びよ! 生きて、生き延びれば、また機会は訪れる」
くるりと踵を返して魔王は姿を消す。
後に残された魔物達はそこかしこですすり泣くものもあれば、最後まで戦うぞ! と息巻いているものもいる。
「魔王様! 魔王様!」とひたすら主の名を連呼するものもいたが、大広間で空しく響くのみだ。
「申し上げます! 勇者一行が城門のところまで来ております!」
伝令役の報告に作戦会議室は色めき立った。ただひとり魔王を除いて。
「そうか、遂に来たか……」
円卓から立つと幹部一同を見渡してから下命する。
「これより勇者一行を迎え撃て。余は玉座の間にて奴らが来るのを待つ。この最後の闘い、おそらく何人かは帰ってこないだろう」
ごくりと誰かが唾を飲む。
「だが! 我ら魔族にも矜恃はある! 者共! 勇者どもに我ら魔族の強さを思い知らせてやろうぞ! そして潔く、歴史に名を刻むべく散り行こうぞ!」
魔王の啖呵に幹部一同が鬨の声を上げる。
玉座の間、魔王は壁に貼られた世界地図を眺める。人間の住む世界の地図だ。かつてはこの半分以上を覆い尽くさんと破竹の勢いを誇っていたが、それもいつのまにか闇の領域にまで軍勢は押し返された。
額縁に手を添えて物思いに耽っていた時、扉が勢い良く開かれた。勇者一行かと思ったが、伝令役だった。
「も、申し上げます……カミーラ様、ボルゴフ様が討ち死に……現在ガイゼリック様が食い止めておりますが、長くは……」
伝令役の報告に魔王はただ一言「そうか」と頷く。
肩で激しく息をする伝令役の元へ魔王が歩むと伝令役の肩に手を置く。
「今までご苦労であった。今より伝令役の任を解く。これからは好きなところで暮らすが良い」
解任された伝令役は目に涙を浮かべる。そしてぶんぶんと首を振る。
「魔王様! 私は最後までお側におります!」
「ならぬ! これ以上無駄に命を散らすのは見ていられんのだ。お前はお前の魔生を生きるがよい」
「魔王様……!」
伝令役がくずおれる。
「達者で暮らせよ」
それが伝令役が聞いた魔王の最期の言葉であった。
進撃の音がここまで聞こえる。それは死を運ぶ者共の足音。
魔王は玉座に座してその音を聞いていた。
音がだんだんと近くなり、ついには扉が蹴破られた。
扉から現れたのは他ならぬ勇者一行だ。
「てめぇが魔王だな!?」
勇者らしき男が剣先を魔王に向ける。
「如何にも。余は魔族魔物を統べる王である」
ゆらりと玉座から立ち上がり、体中から魔力を解き放って臨戦体勢の形態へと姿を変える。
見るものを畏怖させるおぞましき姿で魔王は玉座の間に響く咆哮をひとつ。
「来い! 勇者よ! 今ここで引導を渡してやろう!」
序章へと続く。
次回は勇者一行のひとり武闘家タオの過去エピソードです。




