94話 お城みたいな建物
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俺と玲衣さんが以前のように二人で暮らすには、問題が山積みだ。
まず、夏帆が認めないだろうし、雨音姉さんだって帰省中だ。
それより重要なのは、遠見家の業績悪化と裏取引の結果、玲衣さんや琴音たちが危ない人間たちに狙われていることだった。
そのせいで、警備の万全な遠見家の屋敷に居続けるしかない。しかも、琴音とは婚約者でもあるので、その関係を解消しないといけない。
玲衣さんもそのことはわかっていると思う。
玲衣さんは、俺のあげたぬいぐるみをぎゅっと胸に抱きしめる。
そして、ちらっと上目遣いに俺を見た。
「今でもね、十分にわたしは幸せ。晴人くんがそばにいてくれて、お屋敷で一緒に暮らせているから。でも、晴人くんがわたしだけを選んでくれて、二人きりでわたしたちの家に戻れたら、それはとっても素敵なことだなって思うの」
玲衣さんが恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。
それはつまり、夏帆や琴音との関係をちゃんとして、玲衣さんだけと付き合うということだった。
俺はまだ覚悟ができていなかった。特に俺は幼馴染の夏帆をずっと好きで、今でも自分の気持ちが整理できていない。
「えっと……玲衣さん……」
「あっ……今すぐ晴人くんに結論を出してほしいとか、そういうことじゃなくてね。焦らせるつもりはないの」
玲衣さんは慌てて手を横に振った。
俺はほっとして、それから玲衣さんに悪いな、と思う。
俺がどうしたいか。それが今の俺には見えていない。
もともと、俺は、教室では無色透明な存在だった。今でも、俺は玲衣さんにも夏帆にも琴音にも釣り合っていないと思う。
そんな俺を玲衣さんは好きだと言ってくれている。
だけど……。
俺たちは、ゲーセンの外に出て、家への帰り道を歩き出す。ゲーセンに寄ったからか、普段とは違ったあたりを歩くことになった。
ぬいぐるみの入った袋はそれなりに大きい。
それを玲衣さんに持たせるのが気が引けて、「俺が持っていこうか?」と聞くと、玲衣さんは微笑んで、首を横に振った。
「ありがと。でも、大丈夫。わたしがもらったプレゼントだもの」
「そっか」
「大事にするね」
玲衣さんはとても上機嫌だった。車道側を歩く俺のぴったり隣に、玲衣さんはいた。
そんな玲衣さんが突然、ぱっと顔を輝かせて、通りの建物を指差す。
「あの建物、お城みたいだね! 何の建物だろう? 入れるのかな?」
玲衣さんの指の先には、たしかに西洋の城のようなド派手な建物が立っていた。風見鶏のついた尖塔のようなものがあり、色あせたピンク色の屋根がかかっている。
玲衣さんは無邪気にはしゃいでいるが、しかし、あれは……。
「れ、玲衣さん。あれ、ラブホテルだと思うよ……」
「えっ?」
玲衣さんはきょとんとして、それからみるみる顔を赤くした。
やっぱり玲衣さんはお嬢様だからか、思ったより世間知らずなところもある。
「入ってみる?」
自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからないが、俺はそう口走った。
たぶん「入れるのかな?」なんて言っていた玲衣さんをからかいたくなったのだ。
すぐに正気に戻って、俺は慌てて取り消そうとした。
ところが――。
「う、うん」
玲衣さんは耳まで真っ赤にしながら、恥ずかしそうにこくりとうなずいてしまったのだ。
<あとがき>
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