表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/155

80話 四人のヒロイン

 結果として、俺と玲衣さんと琴音は、無事に遠見の屋敷に戻った。

 というのも「誘拐犯」たちが俺たちを屋敷に返したからだ。


 もっとも狂言誘拐だったわけだけれど……。


 帰りの車の中で、玲衣さんと琴音はきらきらとした目で俺を見つめていた。


 どうやって誘拐犯からの解放を実現させることができたのか?

 二人からそう聞かれて、相手の正体に気づいて、交渉したんだよ、と説明した。


 嘘ではないが、本当とも言えない。

 狂言誘拐だったことは遠見総一朗から黙っておくように、と言われていた。


 遠見総一朗からすれば自分が黒幕だったと琴音たちに知られるわけにもいかない。

 一方で、遠見家の権力は強大で、夏帆と雨音姉さんが遠見の屋敷にいるという状況を考えると、俺は遠見総一朗に逆らえなかった。


 結果として、俺は玲衣さんたちに真相を話せていない。玲衣さんたちからしてみれば、俺は誘拐犯に勝ったヒーローのように見えることになる。

 騙しているようで心苦しいが、仕方ない。


 それより問題なのは、俺と琴音を婚約させる、という件だ。

 まだ遠見総一朗は正式に公表していないが、玲衣さんたちが知ったらどう思うか。


 屋敷に戻ると、セーラー服の上に割烹着をつけた少女が出迎えてくれた。

 住み込みの使用人の女の子で、三編みの髪型の可愛い雰囲気の子だ。


 屋敷に来た初日にも会ったけれど、俺は離れにいたから、そのときしか話したことがなかった。

 その少女はぱぁっと顔を輝かせ、俺たちを見つめた。


「お嬢様たちがご無事で良かったです。それに、秋原さんも」


「ええと、あなたは……」


「あっ、自己紹介をしていませんでした。あたしは渡会奈緒っていいます」


 これまで俺に対して自己紹介なんてしようとしなかったのに、どういう風の吹き回しなんだろう?


「今、屋敷での秋原さんの株はすごく上がっているんですよ? なにせ琴音お嬢様を救ったヒーローですから」


「俺はそんなんじゃないよ」


「でも、お嬢様たちからしてみたら、そうでしょう?」


 玲衣さんたちを見ると、顔を赤くして目をそらしていた。

 そういう反応をされると、俺が照れてしまう。


「……こないだまでは、先輩は姉さんをたぶらかした男扱いでしたからね」


 琴音のつぶやきに、俺はちょっと驚く。

 屋敷での扱いがそんな感じだとは知らなかったけれど、


 まあ、たしかに玲衣さんが屋敷の離れに戻ってきたのと同時に、分家の男が同じ建物に住むようになったら、そう思われても当然だ。


「まあ、でも、今は違います。姉さんだけをたぶらかしたわけじゃないくて、先輩は私のこともたぶらかした男ですから」


 琴音がくすっと笑って俺を見つめる。

 メイドの渡会さんが興味津々といった感じで俺たちを眺め、玲衣さんは頬を膨らませていた。


 俺は恥ずかしくなって、逃げるように屋敷の離れへと戻った。

 そこでは夏帆と雨音姉さんが待っていた。


 夏帆は薄手のワンピースの私服姿で、目に涙をためていた。

 そして、俺を見るとすぐに、俺に抱きついた。


「か、夏帆……」


「晴人……心配したんだからね?」


 そう言って、夏帆は俺の胸に顔をうずめた。

 甘い香りがふわりとする。

 

 夏帆の体の柔らかい感触に、俺は赤面した。

 

「敵は姉さんだけじゃないんでした……」


 琴音が小さくつぶやく。

 雨音姉さんはすべてをお見通し、といった感じでクスクスと笑っていた。


 夏帆は顔を上げて、俺を上目遣いに見た。


「晴人……キスしてほしい」


「えっ……でも、みんなのいる前じゃ……」


「じゃあ、今日の夜、二人きりでベッドの上でする?」


「それはもっとまずい気がする……」


「なら……」


 夏帆は俺にそっと顔を近づけ、急にその小さな唇を重ねた。

 誘拐されているあいだ、琴音とは何度もキスしたし、玲衣さんともキスしたけれど、夏帆とは久しぶりだ。


 玲衣さんとも琴音とも違う、心地よい感触に俺はくらりとする。

 もともと俺は夏帆のことが好きだった。

 でも、今は……。


 キスを終えると、夏帆は俺から離れ、そして真っ赤な顔で俺を見つめる。


「あのね……晴人。あたし……」


 夏帆はなにか言いかけた。

 でも、夏帆の言葉は途中で途切れた。


 琴音が俺と夏帆のあいだに割って入り、強引に俺にキスしたのだ。


 夏帆は愕然とした顔で、俺たちを見つめていた。


 夏帆よりも長い時間、琴音は俺の唇を奪っていた。

 そして、キスを終えると、琴音は夏帆をくるりと振り返り、いたずらっぽく微笑んだ。


「こういうことなんです。佐々木さんも覚悟しておいてくださいね?」


「と、遠見さんまで晴人のことを好きになっちゃったの!?」


「はい!」


 夏帆と琴音がわいわい騒いでいる横で、雨音姉さんが俺の耳元に口を近づける。


「私ともキスする?」


「雨音姉さん……からかわないでよ」


「ふうん? 私は割と本気なんだけれど」


 どこまで本気かわからない感じで、雨音姉さんが微笑んだ。


 ただ一人、玲衣さんだけは何も言わず、俺たちをじっと見つめていた。


 玲衣さんが俺の布団の上に現れたのは、その日の深夜のことだった。

【あとがき】

80話……! 次回は玲衣さんのターン!


面白い、続きが気になる、という方はポイント評価もお願いします。 ↓の書籍化作品もよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 隙あればキスしてて草
[良い点] とても面白かったです。 次回の更新を楽しみにしてます(・ω・)
2020/08/11 21:57 金の指揮棒
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ