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79話 姉vs妹

「キスをすれば、離れてくれるんじゃなかったの?」


「一度は離れましたよ?」


 琴音はバスタオル一枚の姿で俺の背中に手を回し、そしていたずらっぽく微笑んだ。

 琴音の体の柔らかさのせいで、俺は体温が上がるのを感じる。


 このままではダメだ。


「ええと、できれば浴室から出ていってほしいだけど」


「それなら、先輩があと十回キスをしてくれればそうしてあげます」


「それは……」


「できませんか?」


「琴音は……玲衣さんの妹だから」


「その妹ともう二回もキスをしたくせに」


「それは……そうだけど」


「……先輩が姉さんのことを好きなのは、わかってます。でも、今ここにいるのは、私だけなんです」


「そうだね」


「だから、私に何でもしていいんですよ?」


「何もしないよ」


「でも、先輩も顔が真っ赤です」


 ふふっと琴音は笑った。


「キスしてほしいなんて言いません。このまま少しだけ抱きしめていてほしいんです」


「それだけでいいの?」


「はい」


 俺は琴音の体にそっと手を回した。

 その体は本当に華奢だった。


 大企業の令嬢で、優等生で、そして玲衣さんにひどいことをするような冷徹な少女。

 それが琴音だ


 でも、俺の腕の中の琴音は普通の女の子だった。


「晴人先輩、やっぱりもう一度、キスしてほしいです」


「それはダメって言ったよね」


「先輩のケチ」


 そう言いながらも、琴音は楽しそうだった。

 一週間も外部との接触を絶たれ、俺達はずっと二人きりで監禁されていた。


 互いが世界のすべてみたいになりつつある。

 このままだと、いつか本当に琴音との関係が取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 ともかく、この監禁状態から抜け出せればいいんだけれど。

 でも、その見込は立っていない。


 ところが、予想外のことが起きた。


 浴室の外から大きな音がした。

 俺と琴音は顔を見合わせる。


 この部屋の玄関の扉が開いたということだ。

 誘拐犯の男たちがやってきたのかと思い、俺は警戒した。


 男の一人は琴音を襲おうとしたし、油断も隙もない。


 浴室の扉が開けられ、俺達は身構えた。


 だが、やってきたのは、リーダー格の紳士的な男の方だった。


「へえ、なるほど。君たちはそういう仲だったのか」


 呆れたような男の声に、琴音は赤面した。

 俺たちはバスタオル一枚の姿だったし、二人で風呂場にいたんだから、誤解されても当然だ。


 でも、俺はそんなことなんてどうでもよくなるぐらい驚いた。

 その男は一人の少女を連れていた。

 そこにいたのは、銀髪碧眼の美少女だった。


「玲衣さん……」


「晴人くん! よかった、無事だったんだ……」


 玲衣さんが大きく目を見開いた。

 制服のセーラー服姿だった。


「どうして玲衣さんがここに……」


 俺の疑問に、男が答えた。


「首尾よく誘拐できてね。君たち二人を探そうとして、健気なことだったが、自分も誘拐の対象になるとは思わなかったわけだ」


 玲衣さんはつらそうに目を伏せた。

 そうか。

 玲衣さんは俺たちを探してくれていたのか。


 とはいえ、警察だって俺たちのことを探しているだろうし、玲衣さん一人で見つけるのは困難だっただろう。


 逆に俺たちが誘拐されていて注目されているのに、警察の目を盗んで玲衣さんを誘拐できたということも不思議ではある。


 もしかすると、誘拐犯たちは遠見家内部の人間とつながりがあるのかもしれない。

 そこまで思い至ったところで、男は扉をガシャンと締め、立ち去っていった。


 次の瞬間、玲衣さんが俺に抱きついた。

 玲衣さんの温かい感触と、甘い香りがして、俺は安心感に包まれた。


 玲衣さんを抱きしめるのも久しぶりだ。


「晴人くん! 本当に無事で良かった……」


「心配かけてごめん。玲衣さんこそなにかされたりしなかった?」


 誘拐されたときに何かされたのではないかと俺は心配になった。

 でも、玲衣さんは目に涙をためていたけれど、首をふるふると横に振った。


「車に載せられてここに連れられてきただけ。何がおこったのかよくわからないの」


 そして、玲衣さんは俺と琴音を見比べた。


「それより……どうして晴人くんと琴音が、そんな格好で一緒にお風呂に入っていたの?」


「これには事情があって……」


 俺が口ごもると、玲衣さんは「ふうん」とつぶやいた。


「わたしと佐々木さんだけじゃなくて琴音とまで……」


「キスもしたんですよ」


 琴音は嬉しそうに言い、挑発的な笑みを浮かべた。

 玲衣さんはショックを受けていたようだったけれど、やがて立ち直ったのか琴音を睨んだ。


「琴音のほうから無理やりしたんでしょ?」


「私から、というのはそうですけど、でも先輩も気持ちよさそうでした」

「……琴音はわたしのことが嫌いだから、わたしから晴人くんを奪おうとするんだ。そうでしょう?」


「それは……どうでしょうか」


 琴音はバスタオル姿のまま、玲衣さんに近づいた。

 そして、ぺこりと頭を下げる。


「姉さんをひどい目に合わせようとしたことは、謝ります」


「え……?」


「私も同じような目にあって、思ったんです。こんな方法で姉さんに仕返しするべきじゃないって」


「だから、代わりに晴人くんに迫ることにしたってこと?」


 たしかに、そうなのかもしれない。

 琴音が玲衣さんに向ける憎悪からすれば、玲衣さんの好きな人――俺を奪おうとするということもありえるのかもしれない。


 けれど、琴音はゆっくりと首を横に振った。


「晴人先輩には姉さんじゃなくて、私を選んでほしいと思っています。でも、それは姉さんへの復讐なんかのためじゃないんです」


 琴音はまっすぐに玲衣さんを見つめていた。


「私、晴人先輩のことが好きになっちゃったんです」


 琴音は顔を赤くして、とてもうれしそうに微笑んでいた。

 そして、琴音は振り返って俺に抱きつき……小さな赤い唇を、俺の唇に重ねた。

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