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67・68・69話 遠見の当主

 俺たちは熱っぽい目で互いを見つめあった後、しばらくして離れた。

 いつまでも玲衣さんを抱きしめていたい気もするけど、ここは遠見の屋敷だし、しかも雨音姉さんも見ている。


 状況を確認することが必要だ。


「どうして遠見家は玲衣さんを連れ戻したりしたんだろう?」


「さあ……わたしを連れ去った人たちも、『必要なことなんです。我慢してください』としか言ってなかったから……」


「理由はわからないわけだよね」


 俺と玲衣さんは顔を見合わせた。

 雨音姉さんが何かを言いかけたが、そのとき、障子戸が開いた。


「待たせてすまんね、秋原の者たちよ」

 

 そう言いながら、現れたのは和服の老人で、白いひげを蓄えた威厳のある見た目をしていた。

 テレビでも見たことのある遠見家の当主。

 遠見総一朗だ。


 俺はさすがに緊張した。玲衣さんも少し怯えているようだ。

 ただ、雨音姉さんだけは平然とした様子だった。


「ご無沙汰していますね、遠見の大伯父様」


「ああ、久しいな。それにしても、遠子にそっくりだ」

 

 しみじみと遠見総一朗は言った。

 遠子というのは、俺と雨音姉さんの祖母のことだ。

 早くに亡くなったそうで、俺たちは一度も会ったことはない。


 そして、秋原遠子の旧姓は遠見。

 遠見総一朗の妹だったのだ。


「本題に入りましょう。やっぱり水琴さんを手放すのが惜しくなりましたか? これほど美しく、また遠見の血を引いていれば、政略結婚の相手には困らないでしょうから」


 雨音姉さんの言葉に、玲衣さんがびくっと震える。

 

 そうか。

 遠見家にとって、玲衣さんはそういう利用価値もありそうだ。


 しかし、遠見総一朗はあっさりそれを否定した。


「そういう話ではない。むしろわしは玲衣を守るために連れ戻したのだ」


「守るため?」


「そうだ。遠見グループの業績が悪いことは知っておろう?」


 たしかにこないだテレビでも特集されていたが、遠見グループは最近、かなりの赤字だという。

 それでも地域最大の企業であることは変わらないし、それが玲衣さんを連れ戻すこととどう関係があるのか。


「詳しくは言えんのだが、遠見グループを立て直すために、わしはあまり表立っては名前の言えない連中の力を借りた。その途中でちょっとした恨みを買ってしまってのう。端的に言えば、命を狙われておるのじゃよ」


 俺はぎょっとした。

 この人はとんでもないことを平然とした顔で言うな、と思う。

 

 しかし話は見えた。


「つまり、あなたが恨みを買ったことで、玲衣さんにも危害が及ぶ、ということですか?」


「いかにも。玲衣と琴音は、わしの大事な孫じゃ。人質にとられれば困ったことになる」


「大事な孫だなんて思っていないくせに……」


 と玲衣さんが横でつぶやいていた。

 だが、遠見総一朗はそれを気にせず、続きを言った。


「だから、手元に戻して置く必要があったということじゃよ。この屋敷には遠見家の使用人たちが二十四時間体制で警備をしておるし、地元の警察署の力も借りておる」


「だからといって、玲衣さんの意思を無視して無理やり連れてきたわけですか?」


「そうは言うが、遠子の孫よ。おまえさんに玲衣を守ることができるのかね?」


 うっと、俺は言葉につまった。


 たしかに遠見本家も怖れるほどの集団に玲衣さんが狙われているなら、俺のアパートで玲衣さんを守ることは不可能だ。

 

 けれど、玲衣さんは決然とした様子で言った。


「晴人くんなら、わたしのことを守ってくれるもの」


「ほう。だが玲衣をこの家からまた出すことには賛成できんね。なに、今回は他の親族ともめないように、離れを綺麗にして用意しておいた」


 そういうと遠見総一朗は窓の外の一棟の建物を指さした。

 それは母屋から距離を置いた建物で、立派でかなり広そうではあるけれど、どことなく寒々とした感じの建物だった。


 そこに玲衣さんを一人で住まわせるつもりなのか。

 せっかく、玲衣さんは俺と一緒に暮らすのを楽しいと言ってくれた。


 なのに、また一人に戻らないといけないなんて。


「……お祖父様。わたし、この屋敷に戻ります。あの離れに住めばよいんですよね」


 玲衣さんははっきりとそう言った。

 俺は玲衣さんの顔を見たが、そこには微笑みがあった。


 玲衣さんはこの屋敷に戻ることを仕方のないことだと諦めてしまったのかもしれない。

 けれど、次の玲衣さんの一言で、俺は驚きのあまり腰を浮かした。


「ただし、一つだけお願いがあります。……晴人くんも同じ離れに住むことを許可してください!」


 それから、玲衣さんは俺を見ると、いたずらっぽくくすっと笑った。


「晴人くんがそれでよければだけど……」


 俺はしばらく考えた。

 たしかに玲衣さんと一緒にいられるなら、別に俺のアパートにこだわる必要はない。


 あのアパートは借り物だ。


 俺はあっさりとうなずいた。


「もちろん」


 玲衣さんは俺の返事を聞いて、嬉しそうにした。


 そして、俺たちは遠見総一朗の返事を待った。

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