62話 借りを作りたくない
俺たちは観覧車を降りると、弾む足取りで水族館へと向かった。
港の観覧車があるあたりから、それほど遠くはない。
俺たちが海にかけられた橋をわたると、遠くにタンカーが見えた。
山がちで古い住宅ばかりの俺たちの町と、この大都会の隣町では何もかもが全然違う。
「玲衣さんはさ、高校を卒業したら、町を出る?」
「わたし? わたしは……きっとそうすると思う」
「そうだろうね」
実家から隣町の大学まで通うことはできなくもない。実際に雨音姉さんはそうしていた。
けれど、玲衣さんは俺の家に下宿している身だし、遠見の町に住み続ける理由もないだろう。
玲衣さんは青い瞳でじっと俺を見た。
「でも、晴人くんはどうするの?」
「俺は……」
「晴人くんがあの家にいるなら、その……わたしも、一緒にいたいなって」
恥ずかしそうに玲衣さんが頬を染める。
俺は頭をかいた。
そうストレートに言われると、俺も恥ずかしい。
「いちおううちの学校は進学校だからね。東京の大学へ行こうかなって」
「ふうん。なら、わたしもそうしようかな」
「玲衣さんは成績優秀だから、いろいろな選択肢があると思うけど」
「まだ、何も考えてないの」
玲衣さんは困ったように笑った。
俺もそれは同じだった。
まだ高校一年生だけど、もう高校一年生とも言える。
とりあえず低空飛行の成績はなんとかしないといけないけど。
「ね、わたしが勉強教えてあげよっか?」
「いいの!? ……いや、それは悪い気もするな」
「わたしね、やっぱり、晴人くんに借りを作りたくないの」
俺はびっくりして、玲衣さんをまじまじと見た。
出会った頃の玲衣さんは、俺に借りを作りたくないと言って、俺を拒絶した。
貸し借りなんて気にしなくていいと俺が言い、時間をかけて玲衣さんにも納得してもらったはずなのに。
また、そこに話が戻るんだろうか。
玲衣さんは慌てて首を横に振った。
「違う。そういうことじゃないの。わたしね……晴人くんにいっぱい優しくしてもらったから、同じだけ晴人くんにもなにかしてあげたいなって思って」
「俺は何も玲衣さんに何もしてあげられてないよ」
「そんなことない……今だって、一緒にデートしてくれてるし」
「ええと……」
一緒に水族館へ行くことは約束だったし、俺も楽しみにしていた。
だから、恩に着られるようなことではまったくないはずだけど。
「ともかく! わたしが勉強を教えてあげるから。高校受験のときは佐々木さんに教えてもらってたんだよね?」
「うん、夏帆のおかげで合格できたようなものだよ」
「なら、今度はわたしの番だから。覚悟しておいてね」
「……厳しそうで怖いなあ。でも、ありがとう」
そう俺が言うと、玲衣さんは人差し指を立てて、くすっと笑った。
「じゃあ、今度から玲衣先生って呼んでね」
「今から呼ぼうか」
「……やっぱりデート中は普通に玲衣って呼んでほしいな」
えへへと玲衣さんは笑った。
素直な玲衣さんの笑顔はとてもあどけなく見えた。
俺も笑顔を返し、そして、前を見た。
銀色の巨大なドーム状の建物が目の前にある。
この奇妙な建物が、地方でも最大規模を誇る港水族館だった。






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