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44話 二つのお願い

 俺たちはびしょびしょのずぶ濡れになって、アパートの部屋の前に戻ってきた。

 髪も身体も雨に浸されていて、俺も玲衣さんも制服は濡れ雑巾のようにぐっしょりと重たくなっている。


 互いの姿を見て、俺たちはくすくすと笑った。

 でも、早くなんとかしないと風邪を引いてしまう。


 玄関の扉を開ける。

 夏帆が待っているはずだ。


 ところが、夏帆の姿はなかった。

 どうしたんだろう?


 夏帆は待っていると言っていたのに。

 食卓の上を見ると、「ごめんなさい。先に帰るね」と走り書きがあった。


 それは夏帆らしいとても可愛らしい字だったけど、何か嫌な予感がした。

 俺が夏帆が帰ろうとした理由を考えはじめたとき、玲衣さんが俺の袖を引っ張った。


 見ると、玲衣さんが頬を膨らませて俺を睨んでいる。


「晴人くん……佐々木さんのこと、考えてるでしょ?」


「そうだけど……」


「わたしの前で他の女の子のことを考えるのは嫌だな」


「どうして?」


 と反射的に聞いてから、俺は後悔した。

 理由はわかりきってる。


 玲衣さんは顔を赤くた。


「晴人くんの意地悪……。わたしがやきもち焼いているからに決まっているでしょう?」


「ご……ごめん」


「それに、晴人くんはこの家にわたし以外の女の子を入れた」


「ダメ……だったかな?」


「だって、ここは晴人くんとわたしの家だもの。なのに、この部屋で晴人くんは佐々木さんと抱き合って、キスしたんだよね」


「ええと、玲衣さん。まずは着替えてお風呂に入らないと風邪引くよ」


「話をそらそうとしても、許さないから」


 玲衣さんは逃げようとする俺をつかみ、ちょっと楽しげに微笑んだ。

 いや、本当にまずは服とかどうにかして、このずぶ濡れ状態をなんとかしないといけないと思うんだけど。


 俺がそう言うと、水琴さんは不満そうに俺を見たが、やがていいことを思いついたというように、ぽんと手を打った。


「そっか。わたしも佐々木さんと同じことを、晴人くんにしてもらえばいいんだよね」


「というと……?」


 玲衣さんは何も答えずにくすっと笑うと、セーラー服を脱ぎはじめた。

 俺はぎょっとした。


 いったいどうしたんだろう?


「玲衣さん……俺の前で服を脱ぐのはやめてほしいな……」


「でも、佐々木さんも同じことをしたんだよね?」


「それは濡れたままの服を着ていると風邪を引くからだよ」


「わたしも同じ。このままだと風邪を引くから服を脱げって、晴人くんが言ったんだよ?」


 いや、たしかにそうだけど。

 そういう意味じゃなくて。


 そうこうしているうちに、玲衣さんは本当にセーラー服の上半身部分を脱いでしまった。

 ピンク色の可愛らしい下着が、玲衣さんの胸のあたりを隠している。


 玲衣さんは恥ずかしそうに視線を外した。


「晴人くんのエッチ……。あんまりじろじろ見ないでほしいな」


「玲衣さんが自分で脱いだんだよね……?」


「そうだけど、それとこれとは別!」


 そう言うと、玲衣さんは俺にすっと近寄った。

 俺は慌てて後ずさろうとして、壁際にぶつかる。

 

 完全にさっき夏帆に迫られたときと同じ構図だ。

 玲衣さんは俺に体重を預けるようにしなだれかかった。


 夏帆と同じこと、ということはつまり。


「ね、晴人くん。キスしていい?」


「またするの?」


 さっきも外でしたばかりだけれど。

 

「だって、佐々木さんはこの家で晴人くんとキスしたんだもの。わたしだって、晴人くんとこの部屋でキスしてみたいの。だってここは……」


「俺と玲衣さんの家だから?」


 玲衣さんはこくっとうなずくと、えいっと俺に顔を近づけた。

 唇が軽くふれあう。


 さっきよりもだいぶ自然になった感じがする。

 もう四度目だからかもしれない。


 やがて、玲衣さんは俺から離れた。

 そして、くすりと笑う。


「わたしのわがままを聞いてくれてありがとう、晴人くん」


「どういたしまして」


「あと二つ、お願いを聞いてくれる?」


 甘えるように玲衣さんがささやく。

 玲衣さんの吐息が耳を打ち、俺は赤面した。


 相変わらず、玲衣さんは俺に密着したままだった。


「わたし以外の女の子をこの家にいれないでほしいの。わたしたち、恋人のフリをしてるんだもの」


「でも……」


「無理だったら……いいけど」


「いや、そうするよ。夏帆以外の女の子は家に入れない」


「やっぱり佐々木さんは特別扱いするんだ?」


「夏帆が俺の姉かもしれないって問題を解決するまでは、そうすることになるよ」


 玲衣さんが嫌がっても、そこはやむをえない。

 いつ夏帆がここに来る必要が生じるかわからないからだ。

 俺は夏帆が姉かどうか、一緒に調べると約束した。そのとき、ここで作業する必要があるかもしれない。


 玲衣さんは「仕方ないか」とつぶやいて、うなずいた。

 この家に来るような女の子といえば、あとはユキだ。

 けれど、こないだの一件のことを考えれば、気まずくて当面は家に来ないだろう。


「それで、もう一つのお願いは?」


「その……わたしたち、すぐにでもお風呂に入らないと風邪を引いちゃうよね」


「そうだね」


 これだけびしょびしょだったら、それは間違いないだろう。

 玲衣さんは何かを言いたそうにしていたが、口を何度も開きかけては閉じて、すごくためらっているようだった。


 よっぽど頼みにくいことなんだろう。

 俺のほうから言い出しやすい雰囲気を作ってあげるべきだ。


 俺は微笑んだ。


「玲衣さんの望むことで、俺にできることならなんでもするよ」


 玲衣さんはぱっと顔を輝かせ、そして、一瞬間を置いて、俺を上目遣いに見た。


「本当になんでもしてくれる?」


「もちろん」


「あのね……交互にお風呂に入ると、時間がかかっちゃうから……」


「だから?」


「わたしと晴人くんで一緒にお風呂に入らない?」


 玲衣さんは耳まで真っ赤にして、俺にそう提案した。

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