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16話 あたしは、とっても悪い子なんだよ

 夏帆がどうして、こんな時間にうちに来るのか。

 ……そういえば、今日は午前のみの短縮授業だった。


 風邪で休んだ俺のことを見舞いに来てくれたなら、すごく嬉しい

 けれど、タイミングが悪い。

 このままだと、夏帆と水琴さんが鉢合わせだ。

  

 ともかく、水琴さんにこのことを知らせないと。

 もう夏帆は玄関の扉を開きかけてる。


 俺は慌てて障子戸を引いて、水琴さんのいる部屋へ逆戻りした。

 そこには、上半身が下着姿の水琴さんがいて、脱いだTシャツを手に持って立っていた。


 そういえば、服を濡らしたから着替える、という話だったのに、すっかり忘れていた。

 水琴さんが、目を点にして固まり、次の瞬間、「きゃあっっーー!」と悲鳴を上げかけた。

 こんな水琴さんの悲鳴を聞かれたら、夏帆になんて言われるか。

 まずい。

 

 幸い、夏帆は質の悪い合鍵のせいか、なかなか鍵がうまく開けられないらしい。

 夏帆が玄関の扉を開けるまでになんとかしないと。


 俺は慌てて水琴さんを説得した。


「ごめん。変なことしようとかじゃなくて、夏帆が部屋の前に来てる。だから静かにしてほしい」


 水琴さんの目が大きく見開かれる。


「ほんとに……佐々木さんが来ているの?」


「あと少しで扉が開くと思う」 


「ええと、どうしよう?」


「正直にこの部屋にいることを話すか、それとも隠れるか、どっちがいい?」


「隠れる。絶対、誤解されるもの」


 まあ、そうだろう。

 俺の部屋に水琴さんがいて、しかも上半身は下着姿。


 誤解されないほうが無理だ。

 男嫌いの水琴さんなら、俺と変な仲だなんてクラスメイトに誤解はされたくないと思う。

 俺としても、ここで夏帆に誤解されれば、夏帆と付き合うという話がますます非現実的になる。


 俺と水琴さんは意見の一致を見ると、押入れのなかにすぐさま布団とか水琴さんの脱いだ服とかを放り込んだ。

 最後に水琴さん自身も押入れのなかに入る。


「あとは秋原くんがなんとかしてね」


「了解」


 と答えたら、ぴしゃりと押入れの戸がしまった。

 同じ瞬間、玄関の扉が開いた。

 セーラー服姿の夏帆が立っていた。

 夏帆は拍子抜けしたという顔をしていた。

 

「なんだ。晴人、元気そうじゃん」


「ああ、うん」


「勝手に開けて、ごめんね。晴人が熱で倒れて返事ができないのかと思って」


「いや、それほど重症というわけではないけど……」


 夏帆が靴を脱ぎ、部屋の台所に上がりこんだ。

 ぐるりと夏帆があたりを見回す。


「昔とおんなじで、綺麗に片付いてるね」


「まあね。夏帆が来るのは久しぶりだ」


「うん。最後に来たのは半年前の……」


 言いかけて、夏帆は気まずそうに黙った。

 夏帆が最後にこの家に来たのは、俺が夏帆に告白した日だ。


 この部屋で、俺は夏帆に好きだと言ったのだ。

 そして、夏帆は俺を振った。


 今思えば、もっと別の雰囲気のある場所で告白しておけばよかったのかもしれない。

 でも、そのときは振られるなんて思わなかったんだ。

 

 俺は話題を変えようとした。

 夏帆が持っているビニール袋に目をとめる。

 そこには即席のおかゆのパックとか、風邪薬とかが入っていた。


「それ、俺のために持ってきてくれたの?」


「うん。お母さんが持っていってあげなさいって」


「なるほど」


 まあ、俺が病気でもしなければ、夏帆は一人でこの家に来ようとは思わなかっただろうな。

 俺が夏帆の立場でもそうすると思う。

 

 夏帆は俺を上目遣いに見た。


「でも、晴人、全然、平気そうだよね。もしかしてズル休み?」


 誤魔化しきれないと思って、俺は観念した。


「そう。ズル休みだよ。ちょっとやりたいことがあってね」


「心配して損した」


 夏帆がつぶやいた。

 怒ってくれても別にいいけど、ずる休みだとわかったら、早く帰ってくれていい。


 夏帆がここに長くいればいるほど、水琴さんが隠れていることがバレる可能性が高くなる。

 俺が夏帆に帰るようにうながすと、夏帆が少し傷ついた顔をした。


「せっかく久しぶりに来たんだから、もっと歓迎してくれてもいいじゃん」


「来てくれたのはすごく嬉しいし、心配かけてごめんだけど。でも、俺はやりたいことがあるから、今日は帰ってよ」


「晴人さ、もしかして今でも怒ってる?」


「何を?」


「……あたしが晴人を振ったことを」


「なんで俺が怒るの? 夏帆が俺の告白を受け入れるのも、拒絶するのも、夏帆の自由だよ。俺に怒る理由なんてない」


「やっぱり怒ってる」


 怒ってるつもりなんてないんだけど、言い方がつっけんどんだっただろうか。

 別に夏帆が俺を振るのは当然の権利だ。


 俺が勝手に夏帆に好かれているなんて思い込んで、俺が勝手に傷ついただけなのに。


 俺がそう言うと、夏帆は首を横に振った。

 そして、一歩だけ俺に近づく。


「あたしはね、本当はとっても悪い子なんだよ」


 そう言って、夏帆は寂しそうに微笑んだ。

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