142話 遠見晴人・遠見玲衣
「なんとなく手をつなぎたくなったんだよ。玲衣さんは、俺にも大事なものをたくさんくれたよ」
少し前の俺は、自分を無色透明で、無価値な存在だと思っていた。夏帆にも振られて、教室でも目立たなくて、取り柄もなくて……。
でも、玲衣さんは俺を頼りにしてくれた。俺を肯定してくれた。
今でも、俺には何もないかもしれない。でも、玲衣さんと一緒に変わっていける。そんな気がした。
「そっか。ありがとう」
玲衣さんは短く言うと、両手を顔の前に持っていき、息を吹きかける。
寒さを紛らわすためではなく、顔が赤いのを隠そうとしたんだろう。
でも、玲衣さんの小さな手では隠しきれていない。その横顔の白い頬が、ほんのりと赤く染まっているのが見えてしまう。
ふと目の前に、白いものが舞い落ちる。俺と玲衣さんは揃って黄昏色の空を見上げた。
「雪……か」
俺はつぶやいた。一方、玲衣さんはぱっと顔を輝かせる。
「晴人くん……ホワイトクリスマスだね!」
「本当に……すごい偶然だ」
アパートへ向かう坂には、何もない。この街はごくごく普通な地方都市だ。
でも、今、この瞬間の景色は美しく感じられた。アスファルトの道路も、夕日の輝く空も、舞い落ちる粉雪も、道行く人々も……。
一軒家の軒先には、たまにクリスマス用の小さなイルミネーションが飾られている。クリスマスらしい装飾なんて、それぐらいだ。
それでも、玲衣さんと並んで歩くホワイトクリスマスは、とても素敵なものに思えた。
「来年も一緒にクリスマスを過ごせるといいね」
「そうだね。でも、気が早いよ。来年のクリスマスまでには楽しいことがたくさんあるはずだから」
「冬休みも、大晦日も元旦も、これからだものね」
「それに、玲衣さんの誕生日もある。誕生日パーティーもしよう」
一月の十一日が玲衣さんの誕生日だ。その日は、必ずお祝いをしようと決めていた。ずっと孤独だった玲衣さんは、今は俺を家族だと思ってくれている。
そして、家族の誕生日を祝わないわけがない。
玲衣さんも嬉しそうにうなずく。
「わたし、一度も誕生日を祝ってもらったことなんてなかったから……すごく楽しみ!」
「楽しんでもらえるように頑張るよ」
「頑張らなくてもいいのに。晴人くんがお祝いしてくれるってだけで、とっても嬉しいもの」
「なら、もっと嬉しいと思ってもらえるようにしないとね」
俺が冗談めかして言うと、玲衣さんは「もうっ。晴人くんったら」と言って、くすくす笑いだしてしまった。
楽しみではあるけれど、来年のことを言うと鬼も笑う。
今は二人きりのクリスマスパーティのことだけ考えよう。
途中で洋菓子店に寄って、高いものではないけれど、クリスマスケーキも買った。スーパーで飲み物とかの買い出しも済ませた。あとは宅配でフライドチキンを頼むという具合だ。
なにせ遠見家の屋敷に引っ越したおかげで、父さんからもらった生活費がそこそこ余っている。
大金というほどでもないが、父さんは自由に使っていいと言ってくれている。単身赴任で俺を一人暮らしにさせた引け目からか、父さんは俺に甘い。
なので、そのお金でちょっぴり贅沢することにしたのだ。
俺たちは両手に荷物を増やして歩き、しばらくしてアパートにたどり着く。築三十年のアパートのいつもと変わらない様子に、俺はなぜかほっとする。
玲衣さんも同じだったようで、扉を開けると、「お屋敷よりも、こっちの方が落ち着くね」と笑った。
「そうだね。……おかえり、玲衣さん」
玲衣さんが目を大きく見開き、そして、花の咲くような素敵な笑顔を浮かべた。
「ただいま、晴人くん。ここはもう、わたしの家なんだものね?」
「もちろん。表札も秋原晴人と水琴玲衣に変えておこうか」
冗談で言うと、玲衣さんはくすりと笑って首を横に振った。
「表札は、秋原晴人と秋原玲衣にしておいてほしいな」
玲衣さんの返しに、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
同じ苗字、ということは結婚しているということで……。玲衣さんはそんなことまで具体的に思い描いてくれているんだな、と思う。
あっ、と玲衣さんはぽんと手を打つ。
「でも、晴人くんとわたしが遠見家の後継者になるなら、わたしがお祖父様の養子になって、晴人くんが婿入りするんだ」
「そうしたら、遠見玲衣と遠見晴人だね」
「なんだか変な感じ。でも、それも悪くないかも」
互いにくすくす笑うと、俺たちはパーティの準備を始める。
面白い、続きが気になる、ヒロインが可愛い!と思っていただけましたら
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