141話 二人きりのクリスマス
こうして琴音との婚約騒動は解決した。
いや、完全な解決とはいえない。
琴音が遠見家の後継者のままなら、やはり俺は琴音と婚約させられることになる。
完全な解決のためには、そもそも俺と遠見総一朗の孫娘を婚約させて遠見家の後継者にする……という構図そのものを壊す必要がある。
それが無理なら、俺が覚悟を決めて玲衣さんを支え、共に遠見家の後継者候補として戦う道もある。
どちらにしても、困難が伴う茨の道だ。だけど、差し迫った危機はなくなった。
その後のパーティも無事に進んだ。玲衣さんはかなり人と話すのも慣れて、振る舞いも堂々としていた。ただし、玲衣さんは俺にべったりで、ときどき甘えるように俺に抱きついたりしたけれど……。
俺たちはまるでパートナーのように振る舞っていて、かなり目立ったと思う。
秋原家という力のない分家の息子と、愛人の娘。その組み合わせに向けられる視線は、好意的なものばかりではなかった。
夏帆や雨音さん、もちろん琴音の嫉妬の視線もあったし……。
それでも、俺は玲衣さんと一緒にいられて、楽しかったと思う。
次の日はクリスマスイブ。俺も玲衣さんも浮かれていた。
玲衣さんが遠見家の後継者に名乗りを上げた以上、俺たちは遠見家の屋敷の離れに住み続けることになった。本当は、秋原家のアパートに戻りたかったのだけど。
けれど、これからも一緒にはいられる。それは変わらない
遠見グループの危機も解決されたし、もう玲衣さんの身の安全を気遣う必要もない。
だから、12月24日土曜日の夕方に、こっそりと屋敷を抜け出した。夏帆や雨音さんの目を盗んで屋敷の離れを出て行ったので、俺と玲衣さんの二人きりだ。
向かう先は決まってる。アパートだ。
「二人きりのアパートでクリスマスを祝うのって、本当に恋人みたい!」
秋原家のアパートへの坂道を登りながら、玲衣さんは上機嫌に言う。
わずかな時間だけど、クリスマスイブを二人きりで祝おうと思ったんだ。俺たちの本来の家であるアパートで。
いつかは、俺と玲衣さんは二人でアパートに戻るのが目標だった。
それはまだ実現できないけれど、ほんのすこしだけ、クリスマスを二人きりで祝うことぐらいは許される。
「それにしても、なんで制服なの?」
俺は玲衣さんに尋ねる。俺は玲衣さんに言われていつもの学校の制服とコートで来た。
そして、玲衣さん自身もセーラー服姿だった。コートは羽織っているけれど、休日なのにまるで学校帰りみたいだ。
玲衣さんはふふっと笑った。玲衣さんの首元の赤いマフラーが、軽く揺れる。
「最初に晴人くんの家に来たとき、わたしは制服姿だったでしょう? 男たちに襲われそうになって晴人くんに助けてもらってときも、制服。怪我の手当をしてもらったのも制服だったし、最初のデートも制服だったもの」
「だから、制服ってこと?」
「そう。晴人くんと最初に会った頃、幸せだったから。ううん、今も幸せなんだけどね」
玲衣さんは優しい笑みを浮かべて、そんなふうに言う。
たしかに、最初のころ、玲衣さんは着の身着のままやってきたから、いつも制服姿だった。
だから、戸惑う玲衣さんも、楽しそうな玲衣さんも、甘える玲衣さんも、俺のアパートにいたときは制服姿の印象が強い。
それにしても、風が冷たい。この街は冬は冷え込むけれど、まだ夕方なのに、特に今日はひどい。コートしか羽織っていないので、もっとちゃんと防寒具を身に着けてくるんだったと後悔する。
俺がぶるっと震えるのを見て、玲衣さんはくすっと笑う。
「わたしのマフラー貸してあげる」
「大丈夫だよ。玲衣さんに寒い思いをさせるわけにはいかないし」
「わたしは平気だから」
「でも……」
「遠慮しないで」
玲衣さんは赤いマフラーを外すと、ちょっと強引に俺の首元にそのマフラーを巻いた。
マフラーには、玲衣さんの体温が残っていて、少しドキドキする。
「晴人くん……温かい?」
「とても温かいよ」
「良かった」
玲衣さんは楽しそうな表情で、俺を見つめる。
「わたしが凍えていたとき、晴人くんは暖めてくれたよね」
「最初に会った日は、玲衣さんはコートも着ないでうちに来たものね」
「そうそう。そのせいで風邪を引いて、迷惑をかけちゃった。ごめんなさい」
「いいよ。まったく気にしてない」
あのとき風邪を引いた玲衣さんを看病したことで、玲衣さんは俺に心を開いてくれた気がする。
それも大事な思い出の一つになった。
俺と玲衣さんは、ふたたび並んで歩き出す。
「初めて玲衣さんがうちに来た日から、まだ三週間しか経ってない。なのに、もう大昔のことみたいだ」
「わたしも同じ。わたしがそう思えるぐらい、晴人くんはわたしにたくさん大事な思い出をくれたんだよ。わたしも晴人くんにとっての思い出になっていれば、いいなって思うの」
俺は返事をしようとして、思い直した。
代わりに、そっと手を伸ばし、玲衣と手をつなぐ。
玲衣さんはびくっと震え、それから嬉しそうに隣の俺を見つめた。
「晴人くんから手をつないでくれるなんて、ちょっとドキッとしちゃった」
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