139話 プロポーズ
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「お、お祖父様!?」
琴音が素っ頓狂な甲高い声を上げる。だが、遠見総一朗はそれを気に留めず、俺たちを見回した。
「いまのところ、わしは晴人君と孫娘を婚約させて、遠見家の後継者候補としたい。それがわしと、わしの妹の遠子の願いだ。だが、それはあくまで『候補』でもある。遠見家には多くの親族がいて、彼らも遠見の当主の座を狙っている」
「そうでしょうね」
俺は遠見家の人間たちを思い浮かべる。玲衣さんと琴音の叔父をはじめ、遠見家には多くの人間がまだまだいる。遠見総一朗からの評価は低いとはいえ、彼らだって、遠見家の財産と権勢がほしいだろう。
メイドの渡会さんも、遠見家の親族の意向を受けて、俺たちに探りを入れているようだった。それはこれからの後継者争いに備えた情報収集なのかもしれない。
遠見総一朗はうなずいた。
「玲衣と琴音、いずれが晴人君と婚約しても、遠見家の他の後継者候補と争う必要がある。そしてその先は、遠見家を背負って立つ人間になってもらわなければならない。さて、秋原晴人君。君が私の立場なら、どうすれば玲衣と琴音を競争に耐える人間にできると思う?」
俺は少し考えた。いろいろ方法はあるだろう。
だが、話の流れから考えられるのは一つだ。
「遠見家の当主の立場だったら、玲衣さんと琴音を競争させるのでしょうね。どちらが後継者候補にふさわしいかを示させて、そして、勝ったほうに――」
「君と婚約させる。そういうことじゃよ」
たしかに、玲衣さんも琴音も俺を手に入れようとして争っている。なら、その争いをそのまま後継者争いの一幕にして、二人を競わせればいい。
そうすれば、二人は遠見家の後継者にふさわしくなろうと必死で努力するだろう。
そして、どちらに転んでも、遠見総一朗には何の損もない。遠見総一朗は微笑んでいたが、孫娘を争わせようとするのは俺には理解できなかった。
遠見総一朗にとって孫娘は大事な存在かもしれない。だが、それ以上に、彼にとっては遠見グループを遠見家の人間に無事に受け継がせることが重要なのだろう。
ひどい話だ。だけど、そのおかげで、琴音との婚約は保留になる。
「そして、晴人君が玲衣との婚約を望むなら、玲衣が後継者争いに勝てるようにサポートしてあげなさい。それが君の役割だ」
遠見総一朗は、明らかに外国ものの超高級そうな腕時計をちらりと見る。そして「パーティの挨拶に立たねばな」と言って、何事もなかったかのように、足早に立ち去った。
俺はほっとした。これで当初の目的は果たせた。完全な解決ではないが、ともかく琴音との婚約は保留になり、当然、パーティで琴音が俺との婚約を発表することもなくなった。
だが、玲衣さんと琴音が互いを睨み、バチバチと火花を散らしているのを見て、そんな安心感も吹き飛んだ。
「結局、私たちは敵同士になる運命みたいですね、姉さん」
「そうね。わたしは絶対に琴音に、ううん、遠見家に負けないから」
「……昔の姉さんはいつも逃げてばかりだったのに、戦うことにしたんですね」
「だって、今のわたしには晴人くんがいるもの。晴人くんを手に入れるためなら、遠見家の後継者にだってなってみせる!」
「今のところ、後継者にふさわしいのは私だと思いますよ。お祖父様もおっしゃっていました。最後に後継者争いで勝つのも、晴人先輩の心を手に入れるのも、私ですから!」
「でも、晴人くんが婚約者に望んでくれたのは、わたしだもの。遠見家の力を使ったって、わたしの気持ちも晴人くんの気持ちも変えることはできないの」
玲衣さんは自信たっぷりにそう言うと、俺を上目遣いにちらっと見て、「ね?」と甘えるように言う。
俺はうなずいた。勢いとはいえ、俺は玲衣さんと婚約すると宣言した。
もちろん、夏帆や雨音さんのことは考えないといけないけど……でも玲衣さんを支えたいという気持ちに嘘はなかった。
琴音は悔しそうに頬を膨らませ、玲衣さんを睨みつける。
「そうだとしても、私が後継者の座を死守して、先輩の隣を歩けるような人間になればいいだけの話です。……遠見家の力なんてなくても、ただの『琴音』として先輩のことを骨抜きにしてみせるんですから! 絶対に姉さんに勝ってみせます!!」
琴音は俺たちを指さして激しい口調で言うと、「私も挨拶で壇上に立たないと……」と言って、俺たちをちらちら振り返りながら立ち去ってしまった。
こうして、俺と玲衣さんだけがその場に残された。
嵐は過ぎ去った。
ドレス姿の玲衣さんが、俺の隣で立ち去る琴音を眺めていた。そして、急に思いついたように、ふふっと笑う。
「晴人くん、お祖父様にあんな大胆なこと言っちゃって良かったの?」
「そ、それは……」
俺が遠見総一朗に言ったことといえば、「玲衣さんを支えたい」「玲衣さんと婚約したい」「玲衣さんをください」……というようなことで。
わ、我ながらほとんどプロポーズでは?
緊張する場面が終わったからか、玲衣さんはすっかり元気だった。
明るい笑顔で、くるりと俺の方を振り向いた。その拍子に白いドレスの裾がふわりと揺れ、その下の玲衣さんの白い魅力的な脚に目を奪われる。
気づくと、玲衣さんは正面から俺を見つめていた。
「もう一度、さっき言っていた言葉を、今度はわたしに直接言ってほしいな」
面白い、続きが気になる、ヒロインが可愛い!と思っていただけましたら
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