134話 玲衣さんの危機
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その後も、俺と玲衣さんは立て続けにいろいろな人と話した。玲衣さん目当てでいろいろな人がやってくる。
玲衣さんを政治的に利用しようという人間もいれば、単なる好奇心の強い野次馬みたいな人、それから異性として下心のある人……といろいろなタイプの人間がいた。
あまり……好感の持てる人間は多くない。
やっぱり玲衣さんは人付き合いが苦手なようで、かなり苦しそうだった。
気づくと玲衣さんが肩で息をしている。顔が真っ青だ。玲衣さんがふらついて、慌てて俺が支える。
「玲衣さん!? 大丈夫?」
「へ、平気……ちょっと……」
そのあとは言葉にならなかった。話すことすら苦しいんだろう。
おそらく過呼吸だと思う。慣れないことがストレスになったんだ。
俺はあたりを見回す。
医務室のようなものがあれば、そこへ連れて行くべきだろう。
玲衣さんは抵抗しようとしたが、結局、俺の肩によりかかる。
間が悪く、夏帆や雨音さんは会場の反対側の端にいて、こちらに気づいていない。ただ、近くにいたメイドの渡会さんが慌ててこちらにやってきた。
「れ、玲衣お嬢様!」
渡会さんもシンプルなドレスに身を包んでいて、参加者の一人だ。上級使用人の娘だからなのだろう。
そして、こういう不測の事態に対応するためにも控えているのだと思う。
俺と渡会さんは二人で玲衣さんに肩を貸して、会場の外へと連れ出した。周りの客が心配そうに見つめている。
でも、その視線も玲衣さんにとっては負担かもしれない。
会場外の廊下に出ると、玲衣さんは少し落ち着いた様子で、呼吸が元通りに戻ってきた。
玲衣さんが、廊下の壁沿いに置かれた長椅子を指し示す。休憩用のものだろう。
「ここで休めば平気だと思うの」
「でも……」
「大丈夫。もう息苦しいこともないし」
玲衣さんは弱々しく微笑んだ。
たしかに医務室に連れて行くほどではないかもしれない。俺は渡会さんにうなずいてみせる。
渡会さんも少し安心した様子で、「またなにかあったら、すぐに呼んでくださいね?」というと、俺たちを置いて会場へと戻って行った。
二人きりにしてくれたんだろう。渡会さんは琴音の意向で動いているわけではなく、誰か別の遠見の人間に従っているらしい。
だから、俺たちの計画を妨害する心配もない。
玲衣さんが長椅子に腰掛けたので、俺もその隣に座る。
玲衣さんがちらりと俺を見た。
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「いいよ。そんなことは気にしなくて。それより玲衣さんの体調が心配だよ」
「わたしなら平気だから……」
「平気には見えないな。しばらくは休んだほうがいいよ」
この分だと、遠見総一朗の説得まで、玲衣さんの体力や気力が持つかわからない。玲衣さんはかなり消耗しているし、無理はさせたくなかった。
そうなったら、俺一人で遠見総一朗を説得するしかない。
でも、玲衣さんは首を横に振った。
「ダメ。わたしが頑張らなくちゃ……遠見家の後継者にふさわしいって示さないといけないもの」
「でも、無理をしちゃダメだよ」
「わたしにはハンデがあるから、無理ぐらいしないと。わたしは愛人の子だから、みんなから嫌われてる。だから、それを跳ね返せる力を見せないといけない。なのに……」
玲衣さんは自分の小さな手に目を落とした。ドレス姿の玲衣さんは、とても儚げに見えた。
「たくさんの人に見られるのが怖い。みんなが珍しそうにわたしのこと、見てる。遠見家の娘としてちゃんと振る舞わないといけないのに……わたし、全然上手く話せてないよね」
「俺だってそうだし、緊張して当然だよ」
「でも、雨音さんや佐々木さんは、社交的で、たくさんの人と上手に話せてる。琴音もこういう場は慣れてるから、きっと卒なくこなせると思う。でも、わたしは全然ダメ。もっとしっかりしないといけないのに」
「雨音さんは大人で、夏帆は人付き合いがかなり得意な方だから、比べる必要はないと思うよ。玲衣さんは琴音みたいに、こういう場に出る機会もなかったんだから慣れていなくても仕方ない。焦る必要はないよ」
俺はゆっくりと言う。でも、玲衣さんはつらそうな表情を浮かべていた。
「わかってる。でも、今のわたしじゃ、きっとお祖父様を納得させられない。そうなったら、琴音が晴人くんの婚約者になっちゃう。そうしたら、わたしはまた一人ぼっち」
「玲衣さん……」
「わたしは居場所がほしいだけなのに。晴人くんの隣にいたいだけなのに。どうしてわたしはいつも……力がないの?」
玲衣さんはそんなふうに、ひとり言をつぶやいた。
これまで、玲衣さんは遠見家に迫害されて、学校でも孤立していて……ようやく見つけた居場所が俺の家だった。
でも、それもいまや、琴音の手によって奪われようとしている。遠見総一朗の説得に失敗すれば、玲衣さんには後がない。
玲衣さんが屋敷に戻るにしても、独りで秋原家のアパートに行くにしても、俺は玲衣さんのそばにはいられなくなる。
慣れないパーティ、大勢の客の好奇の視線、そして遠見総一朗を説得するプレッシャー。
玲衣さんがおかしくなってしまうのも当然だ。
泣きそうな玲衣さんを、俺は救いたかった。同時に、こんなふうに玲衣さんを追い詰めた遠見家に、強い憤りも感じた。
だけど、俺に何ができるのだろう? 無色透明な、何の取り柄もない俺に……。
考えて、俺は今ひとつだけ、できることがあることに気づいた。
傷つき倒れてしまいそうな玲衣さんを支えることだ。
俺は立ったまま、座っている玲衣さんに手を伸ばす。そして、身をかがめ、玲衣さんの背中に手を回して抱きしめた
。
玲衣さんはびっくりした様子で、でも、俺を拒みはしなかった。
「は、晴人くん……?」
「嫌だったら言ってよ」
「嫌なわけない。晴人くんが抱きしめてくれるんだもの。とっても、嬉しい」
すぐ間近の玲衣さんは顔を赤くして、微笑む。
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