133話 冬花先生
パーティの冒頭の挨拶は、遠見グループの持株会社遠見ホールディングス副社長によって行われた。
彼は遠見総一朗の息子で、玲衣さんと琴音の父の弟、つまり叔父だ。
ごく平凡な挨拶で大きな問題はないが、少年の俺の目から見ても、覇気が感じられなかった。遠見総一朗が「遠見グループは人材不足」と言っていたのを、少し実感する。
俺と玲衣さんにとっては、周りは知らない人間ばかりだ。遠くから夏帆や雨音さんを見ると、楽しそうに談笑している。
二人ともコミュ力が高いというか、人付き合いが得意なタイプだ。夏帆は昔からそうだったし、雨音さんも高校生のころはやや内気だったけど、今はその面影もなくて社交的だ。
一方の玲衣さんは……真逆だ。こちこちに固まってしまっている。
「えっ、あっ、はい……」
玲衣さんは小声で消え入るような声で受け答えしている。
それでも、会場の人たちは玲衣さんに優しかった。
遠見グループの役員だという人と話し終わり、一瞬、二人になったとき、玲衣さんがささやく。
「な、なんか……わたし、ずっとみんなに見られている気がするんだけど……」
「玲衣さんがものすごい美人だからだと思うけど」
「晴人くんにそう思われるのは嬉しいけど……他の人に注目されるのは……困っちゃうかも」
玲衣さんは目を伏せて言う。
玲衣さんが目立っている理由は、一つはもちろん、ドレスアップした玲衣さんがものすごく綺麗だからだ。銀髪美少女という外見はとてもめずらしいし。
それに加えて、玲衣さんはずっと公式の場に姿を現さなかった。遠見の深窓の令嬢として有名だった、と雨音さんから噂を聞いた。
その二つの理由で玲衣さんはとても目を引くのだと思う。
ただ、本人にとってはそれがかなり負担のようだった。
玲衣さんは、夏帆や雨音さんをちらりと見て、羨ましそうな表情を浮かべる。
二人の卒のなさが玲衣さんにはまぶしく見えるのだろう。
「わたしも……頑張らなきゃ」
「無理しなくていいんだよ」
「でも、遠見家の後継者に名乗りを上げるなら……このぐらい平気でできないと」
それはそうかもしれないし、将来的には玲衣さんの引っ込み思案は変えていかないといけないかもしれない。
でも、玲衣さんに辛い思いまでしてほしくはない。
そのとき、人影が近づいてきた。振り向くと、相手は俺たちの知っている人間だった。
若い美人女性だ。流れるような黒い髪が印象的で、清楚な雰囲気だ。ブラウンのシックなドレスに身を包んでいる。
「あなたは……」
女性は気まずそうな表情をした。
彼女は、うちの学校の教師だった。佐々木冬花。夏帆の叔母だ。
彼女は、俺と夏帆が実の姉弟だと思い込んで、俺と夏帆の関係を激しく非難した。もともと、冬花さんは、夏帆の母の秋穂さんと折り合いが悪かったらしい。夏帆の父、つまり冬花さんの死をめぐって対立関係にもあった。
そういう背景で、生徒の俺たちを攻撃したわけだけれど……。佐々木家も葉月市内では歴史の古い家で、冬花さんがパーティに呼ばれていることに不自然な点はない。
冬花さんは頭を深く下げた。
「あのときはごめんなさい。私の勘違いであなたたちを傷つけるところだった」
「いえ、俺は気にしていないですが……謝るなら、夏帆に謝ってあげてください」
「そうね。夏帆さんにもあとで謝っておく。でも、生徒の君を『落ちこぼれ』だなんて呼んでしまって、後悔しているの」
たしかに教師としてはあるまじき発言かもしれない。落ちこぼれなのは、事実だけれど……。
ただ、これからはそうも言ってられないな、とも思う。俺は玲衣さんを支え、遠見家の後継者レースに名乗りを上げるなら……成績だって優秀であることが求められるだろう。
気にしていませんよ、と俺が改めて言うと、冬花さんは柔らかい表情で俺に言う。
「君はいい子ね。なにか困ったことがあったら言って。罪滅ぼしに、できるかぎり力になるから」
「なら、良ければ勉強を教えていただければ嬉しいです。化学は得意ではないので……」
「教師だもの。勉強を教えるぐらい当然するわ。私、昔は成績優秀だったし、他の科目でも個人授業をしてあげる」
冬花さんはかなり俺に好意的な雰囲気でそう言う。冬花さんは片手を挙げて「じゃあね」と笑顔で去っていった。笑うと、大人な美人という感じで、以前とはだいぶ印象が違うな、と思う。
そして、玲衣さんを振り返ると、玲衣さんはむすっとした表情をしていた。
「ど、どうしたの?」
「晴人くんってやっぱり年上好き?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「勉強だったら、わたしが教えてあげるって言ったのに」
「いいの?」
「わたしも晴人くんの力になりたいもの。晴人くんがわたしの力になってくれるように。ね?」
玲衣さんは柔らかく微笑んだ。玲衣さんに勉強を教えてもらう……というのは良いかもしれない。
なんといっても、玲衣さんは進学校のうちの学校でも、一桁順位の成績優秀者なのだから。
ただ……。
玲衣さんは、俺に支えられていると言った。でも、本当にそうだろうか?
俺が玲衣さんにふさわしいと信じるためには……どうすればいいのか。玲衣さんの美しい横顔を見て、俺はそんなことを考えた。
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