128話 幸せな時間
……ところが。俺はそれほど時間が経たずに経たずに目が覚めた。
玲衣さんがこっそりキスをして、その感触で起きてしまった……というような甘い話ではなく。
たぶん俺が寝返りを打とうとして、その瞬間、玲衣さんが鋭い悲鳴を上げた。
玲衣さんになにかあったのではないかと俺は心配になって、膝枕の上から飛び起きる。
これまでも玲衣さんは襲われそうになったり、誘拐されたり……と大変な目にあってきた。
でも、今はすぐ近くに俺がいる。玲衣さんを守らないと……。
とはいえ、目覚めで半分寝ぼけている。そんな目で玲衣さんを見ると、玲衣さんはぷるぷると震えていた。周りには誰もいないし、玲衣さんは正座したままだ。
そして、玲衣さんは涙目でこちらを見る。
「れ、玲衣さん……どうしたの?」
「その、あの、平気だから……膝枕、続けてあげる……」
「なんか、平気ではなさそうな雰囲気だけど……?」
「へ、平気だもの!」
必死な表情で玲衣さんは言う。
もしかして、と思って、俺は玲衣さんの膝にそっと手を伸ばし、軽く触れてみる。
「……っ~~~!」
途端に玲衣さんは悶絶して、可愛いらしい甲高い声をあげる。いや、可愛らしいなんて言うと、玲衣さんが気の毒かもしれない。
どうやら、足がしびれてしまったらしい。個人差はあるけど、長時間、正座して人の頭を乗せていれば、当然、足がしびれることもあると思う。
しびれの衝撃が収まったのか、玲衣さんが俺を睨む。
「は、晴人くんの意地悪!」
「ご、ごめん。つい確認しようと思って触っちゃった」
「は、晴人くんに触ってもらうのは嬉しいけど……」
なんて言って、玲衣さんが照れたように右手の人差し指で髪をいじり、目をそらす。
とはいえ、触ったら、足がしびれた玲衣さんに苦痛を与えてしまったわけだ。
それはもちろん、膝枕を再開しても同じことだ。
「負担をかけちゃって、ごめん。今日の膝枕はこのあたりで終わりにしておこっか、玲衣さん」
でも、玲衣さんは俺の言葉に納得していなかった。
「やだ。まだ時間はあるもの。晴人くんをもっと甘やかしてあげるんだから!」
「俺は十分すぎるほど満足したよ」
「わたしが満足していないの!」
玲衣さんは強情だった。子どもみたいに駄々をこねる。
学校一の美少女で、成績もすごく優秀な才女なのに……玲衣さんは俺が絡むと、ポンコツになってしまうらしい。
そんなところも、俺にとっては可愛く思えるのだけれど。
俺は玲衣さんを納得させる方法を考えた。
そしてポンと手を打つ。
「じゃあ、今度は俺が膝枕をするよ」
「え?」
「立場逆転で、今度は玲衣さんが甘やかされる番ということにしない?」
「で、でも、今日はわたしが晴人くんを甘やかす日なのに」
「なんかサラダ記念日みたいな言い方だね」
俺がからかうように言うと、玲衣さんが頬を膨らませて、それから、くすっと笑う。いつのまにか玲衣さんは足を崩すことに成功していた(正座でしびれると、足を崩すのもままならない……)。
「記念日にしてもいいかも。今日は『わたしが晴人くんを甘やかした記念日』。そうでしょ?」
玲衣さんがいたずらっぽく、目をつぶる。
足のしびれはとれてきたみたいだ。その明るく楽しそうな表情に、俺も嬉しい気持ちになる。
「それなら、これから俺が玲衣さんを膝枕すれば、今日は『俺が玲衣さんを甘やかした記念日』になるわけだ」
「ふふっ、晴人くん……それは違うよ」
「え?」
「だって、わたしは晴人くんに毎日甘やかされているから、今日が初めてじゃないの。だから、記念日にはならない。晴人くんはいつも、これからも、わたしを甘やかしてくれるって信じてるもの」
玲衣さんは幸せそうに、歌うようにそう言った。
そして、俺を上目遣いに見る。
「でも、やっぱり膝枕はしてもらおうかな」
「もちろん。玲衣さんのためなら、喜んで」
俺は微笑んで、布団の前に正座で座る。玲衣さんは俺の膝枕にそっと頭を横たえた。
「どう? 男の膝枕なんて、微妙かもだけど……」
玲衣さんは俺を見上げて、微笑む。
「晴人くんの膝枕は最高だよ。だって、晴人くんがわたしのためにしてくれるものだもの」
「そっか」
俺は玲衣さんの髪をそっと撫でる。玲衣さんは「あっ……」と恥ずかしそうに吐息を漏らした。
俺は構わず玲衣さんの髪を撫で続けた。玲衣さんは「くすぐったい……」なんて言いながら身をよじる。
こんな幸せな時間が続けばいいのに、と俺は願う。
そのためには、遠見家に立ち向かわないといけない。玲衣さんも、そして、俺自身も。