127話 晴人くんの夢にわたしがいれば
「わかってる。晴人くんは、佐々木さんや雨音さんを選ぶ権利もあるもの。まだ、わたしが婚約者になったり、結婚したりできるって決まったわけじゃない。それでも、嬉しいの」
「玲衣さん……俺も……」
玲衣さんのことが好きだ、と言おうとした。
でも、言えなかった。もちろん、夏帆や雨音さんたちのこともあるけど、それより、俺は自分が玲衣さんにふさわしいと自分を信じることができなかった。
もちろん、さっきも言ったとおり、玲衣さんと俺が遠見家の後継者に選ばれれば、俺は全力を尽くすと思う。もちろん、玲衣さんのために。
けれど、俺よりも遠見家に、そして玲衣さんにはふさわしい人間がいるのではないか。
ただの無色透明な少年の俺に、玲衣さんを好きだと言い、ともにその重荷を担うことができるのだろうか。
相変わらず、俺は玲衣さんに膝枕をされたままだった。見上げる俺の唇に、玲衣さんが人差し指を当てて、ふふっと笑う。
「今はまだ、言わなくても大丈夫。でも、いつかきっと、晴人くんに言わせてみせるんだから。『俺には玲衣さんしかいない』って。ね?」
玲衣さんは片目をつぶってみせる。
最初に家に来た頃と比べると、玲衣さんはとても表情豊かになった。そんな玲衣さんが可愛くて、俺も玲衣さんから目を離せないようになってしまった。
今も、とてもドキドキしている。琴音は周りの状況を変えて外堀を埋めていこうとした。
でも、気持ちの上では、どんどん玲衣さんに外堀を埋められている気がする。
今も玲衣さんに膝枕して、密着して、目の前には玲衣さんの身体があって……。
冷静ではいられなくなりそうだ。
俺が立ち上がろうとすると、玲衣さんに止められる。
「まだ耳かきが終わってないよ」
「で、でも……」
「晴人くんは今日はわたしに甘やかされていればいいの。だから、これからはわたしのことももっと甘やかして?」
玲衣さんはそう言って、俺の髪をふたたび優しく撫でた。
俺の右耳を揉みしだいて、そして綺麗に拭いてくれて、耳かきを始めてくれる。
慣れてくると、胸のドキドキした鼓動がしだいに収まっていき、また、心地よい安心感へと置き換わっていく。
少し眠たくなってきたかもしれない。
玲衣さんもそれがわかったらしい。
「眠っちゃってもいいよ」
「せっかく玲衣さんと一緒なのに、そんなもったいないことは……できないよ」
「大丈夫。わたしは起きていて、ずっと甘やかしてあげるから」
「寝たら……俺に……」
「キスとかしちゃうかも。晴人くんの寝言もばっちり聞いておいてあげる」
玲衣さんは冗談めかして言う。
俺は答えようとしたが、急速に眠たくなってきて、口を開くこともできなかった。
こんなふうに安心して眠くなってしまうのは、きっと俺が玲衣さんを信頼しているからだ。
琴音との婚約、遠見家の問題、夏帆や雨音さんやユキ……考えないといけないことはたくさんある。
でも、今は俺は玲衣さんに甘えていてもいいのかもしれない。
「おやすみ、晴人くん。晴人くんの夢にわたしが出てくると嬉しいな」
玲衣さんの甘いささやきが聞こえるのとほぼ同時に、俺は睡魔に負け、意識を失った。
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