126話 玲衣の戦略
「つまりね、晴人くんが琴音の婚約者にさせられたのは、お祖父様に後継者候補として選ばれたからよね。晴人くんと琴音が支え合って、遠見グループの将来を創る。それがお祖父様の思い描いた未来。それなら――」
「琴音ではなくて、玲衣さんが後継者になってもいいわけか」
「そういうこと。わたしは愛人の子で私生児だから、遠見の一族だとは認められていない。だから、お祖父様は、晴人くんの婚約者、遠見グループの後継者に琴音を選んだのだと思う。でも、わたしがお祖父様の養子になれば、その問題も解決でしょう?」
「そうだね。でも、遠見のご当主がそれを認めるかな……」
「わたしは琴音より優秀だと思うの。傲慢かもしれないけど、たぶん、琴音もそう思っている」
俺は琴音の言動を振り返ってみる。たしかに琴音は玲衣さんに劣等感を持っていた。それが、琴音が玲衣さんを迫害していた原因の一つだ。
琴音自身も認めている。琴音はいつも異母姉の玲衣さんと比較されていたという。「姉さんみたいに、完璧で、特別で、みんなから注目されて、お父さんに愛される存在」になりたかった、と。
成績も容姿も他の面でも、たぶん、玲衣さんの方が琴音よりも優秀な存在であると言えるかもしれない。
そして、遠見総一朗も、きっとそのことを知っているだろう。
玲衣さんはうなずく。
「もちろん、すぐにわたしが晴人くんの婚約者になるとは限らないし、実現したら、晴人くんも困るでしょう? わたしは嬉しいんだけどね。でも、少なくとも、琴音との婚約の話は保留になると思う」
遠見総一朗が納得すれば、玲衣さん、琴音の二人のどちらが後継者、そして俺の婚約者にふさわしいか、考えるだろう。
見極めるための時間が必要になる、と思うかもしれない。
そうなれば、婚約者の話はいったん止まる。根本的な対策ではないが、他の手段を探す時間ができる。
「たしかにやってみる価値はあるな。さすが玲衣さんはすごいな。まったく思いつかなかった……」
「褒めてくれて嬉しい。でも、これはわたしの自分勝手でもあるんだけどね。琴音とは仲良くできたかもしれないのに、わたしは琴音と戦う道を選ぶことになる。それに、晴人くんだって、巻き込んじゃう」
「俺のためでもあるよ。巻き込むことにはならないさ」
「でも、今後も婚約の話を回避できなければ、晴人くんとわたしの二人が本当に遠見家の後継者になってしまうかも。そうしたら、わたしたち、ずっとこの街で、遠見グループを背負っていかないといけない」
「そうなったら、そのときだよ。なんとかする」
「……晴人くんにはいろんな可能性があるのに、それを奪ってしまうかも。それでも?」
玲衣さんは俺にそう問いかける。俺は頭上の玲衣さんを見つめ返した。
玲衣さんの提案を受け入れれば……。
琴音は怒るだろう。順調に進んでいた婚約の話を、玲衣さんに壊されるのだから。
雨音さんだって、俺のことを心配して反対すると思う。遠見グループに関わること自体に、雨音さんは反対だった。
でも、俺の返事は決まっていた。
「平気だよ。玲衣さんがいれば」
俺は迷わずそう言った。
もともと、俺は平凡で、無色透明な存在だ。俺の可能性なんて、たかがしれていると思う。
仮に玲衣さんと一緒に遠見グループの経営をすることになっても、それはそれでいいのかもしれない。
ただ、心配なのは……俺がそれにふさわしいか、だ。
俺の返事に、頭上の玲衣さんは目を見開いた。そして……突然、ぽろぽろと涙をこぼしはじめた。
「だ、大丈夫? 玲衣さん、どうしたの?」
「だって、嬉しかったの。晴人くん、わたしと結婚してもいいってことだよね?」
たしかに言われてみれば……ほとんどそんなようなことを言ったと思う。
俺がなにか言う前に、玲衣さんの涙がぽたりと俺の顔の上に落ちた。
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