120話 女神様の妹・ふたたび(4)
「二つ婚約破棄の方法はあります。一つはこの場で私をベッドの上に押し倒して……ビンタすることです」
「ええ?」
「ボコボコに殴ってしまってください。そうすれば、お祖父様はカンカンで、異常者の先輩はめでたく婚約破棄です」
「そんなことできるわけないよ……」
「そうですか? 姉さんの敵だった私に、ガツンと憎しみをこめてですね、ぶん殴ればいいじゃないですか。そんなに私と婚約者になりたくないなら……」
琴音の声が次第に小さくなっていく。そして、琴音のきれいな黒い瞳に、うっすらと涙が浮かんでいることに気づいた。
俺は慌てる。琴音の気持ちを考えずに、俺は婚約を解消したいって言い続けてしまった。婚約は遠見総一朗が言い出した話だ。
琴音だって巻き込まれたとも言える。
なのに、俺は自分のことばかり考えてしまっていた。俺はダメだな、と思う。
玲衣さんと出会う前も、夏帆に振られた時も、雨音さんと一緒に暮らしていたときも。
俺は無色透明な何もない存在で、今だってそれは変わらない。
「琴音が玲衣さんにしたのはひどいことだよ。でも、だからって、俺は今の琴音に暴力を振るったりはしない」
俺は言ってから、しばらくためらい、琴音にそっと手を伸ばした。そして、その髪をそっと撫でてしまう。
琴音はびくっと震え、そして、そのまま俺の手を受け入れていた。
しばらく黙ったまま、琴音は顔を赤くして、でも、嬉しそうに頬を緩める。
「……先輩?」
「ごめん。いきなり髪を触ったりして……」
「いえ、嬉しかったです。でも、いいんですか? 私も先輩に甘やかされているって勘違いしちゃいますよ」
琴音の涙を見て、つい手を伸ばしてしまったけれど、これは悪手だったかもしれない。
いつのまにか、琴音の表情はすっかり元通りの明るい笑顔になっていて、片目をつぶってみせた。
「ね、先輩、もう一つ婚約解消する方法があります。私をこの場で押し倒してエッチしてください」
「へ!?」
「そーしたら、お祖父様に婚約解消したい!って言ってあげますから」
「ど、どういうこと?」
むしろ、琴音にそんなことをすれば、ますます婚約せざるを得なくなる。
琴音はえへへと笑った。
「私にとって、婚約は手段です。先輩の心が手に入れば、それで十分なんです」
「でも、俺が琴音を押し倒して……その、そういうことをしたとしても、俺は琴音を好きになるとは限らないよ」
「大丈夫です。姉さんでも夏帆さんでもなくて、私が先輩の初めてになれば、きっと先輩は私を特別だと思ってくれます。さあ先輩、私を殴るか、それとも初めての女の子にするか、選んでください」
俺はもちろん――どちらも選べなかった。それで婚約は解消されるかもしれない。
殴るのは論外だが、後者を選んでも、きっと俺は琴音を傷つけることになる。
そんな選択は俺にとってはできなかった。
琴音も、俺がどちらも選べないとわかっていたらしい。
俺の手を頭に乗せられたまま、琴音はふふっと笑う。
「先輩って優しいですよね。でも、その優しさのせいで、今、困っているんですよ」
「自覚はしているよ……」
「私が先輩を困らせているってわかっています。でも、私は手に入れたいものは手に入れます。自分の考えを変えるつもりはありません」
琴音はきっぱりと言った。
俺は琴音の頭から手を下ろし、次の手を考えた。
だけど、どうやっても、琴音を説得することはできなさそうだ。
琴音は甘えるように、とんとその小さな頭を俺の胸にくっつけた。
そして、うつむいたまま言う。
「今度、遠見家主催のクスリマスパーティがあるんです。葉月市内の旧家や名士、大きな企業の関係者はみんな参加します」
「そ、そうなんだ……。琴音も参加するの?」
「はい。遠見家の娘として、出席するのは義務ですから。でも、今年は私の隣に先輩もいてほしいと思ったんです」
「え?」
「彼氏を家族やみんなに紹介するのって、ちょっと憧れていたんですよね」
「まさか……」
「遠見家公認の私の彼氏として、先輩をみんなに紹介するんです。楽しみですね!」
「えっ、ええ!?」
琴音は顔を上げて、とても楽しそうに俺を見つめた。その顔には「してやったり」という表情が浮かんでいた。
雨音姉さんっぽいメインヒロインを登場させた短編投稿してますのでよければ読んで下さいね!
タイトル:幼馴染に俺が振られたら、美人で優しい義理の姉のブラコンが過激化してヤンデレになった
URL::https://ncode.syosetu.com/n5609hz/
本作は琴音との対決は終わり、次回から膝枕イチャイチャ編……! 続きが気になると思っていただけましたら
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