119話 女神様の妹・ふたたび(3)
「少なくとも、今の俺は琴音を一番大事だって言えない。それなのに、結婚なんてできないよ。それは誠実じゃないし、琴音のためにもならない」
「だから、これから先輩には私を好きになってもらうんです。二十四時間三百六十五日、一緒にいれば、先輩も私の良さをわかってくれると思うんです!」
「そ、そんなことは……」
「できますよ。だって、私たち、結婚するんですから」
しれっと琴音は、当然のことのように言った。
そして、にやりと笑う。
「前に子どもは何人がいいか、聞きましたよね? 今、ここで先輩の答えを聞かせてください」
「そ、そんなこと想像できるわけない……」
「そうですね。その前に……エッチなことをする必要がありますものね」
琴音は深呼吸して、思い切ったように言う。そして、俺の手をぱっと放した。
恥ずかしそうに、琴音は顔をますます赤くする。
琴音の気持ちは、望みはわかっている。それでも、俺はそれを拒否しないといけない。
このまま流されていくわけにはいかなかった。
「俺は……琴音とは結婚できないし、婚約もできないし、子供も作れないし、変なこともできない。それが俺の意思だよ。琴音に何と言われようと、それは変わらない」
「私と結婚すれば、人生イージーモードですよ。私は大金持ちの娘ですし、就職も安泰。先輩次第では巨大な遠見グループの経営者にもなれるかもしれません」
「そんなの興味ないよ」
「本当に? 私の立場を利用すれば、先輩は遠見グループを変えることができるかもしれません。先輩の大好きな姉さんを苦しめた遠見家も、変えられるかも。先輩は姉さんを救えるんです」
その発想はなかった。今でも、玲衣さんの立場は不安定だ。離れでの生活がいつまでも続くわけもないし、明日、どうなるかもわからない。
遠見総一朗は玲衣さんを「大事な孫」と言ったが、それ以外の親族は玲衣さんを嫌悪の目で見ている。
愛人の子だからだ。
屋敷にこのまま戻っても、玲衣さんに居場所はない。私生児としてこれからも冷遇されるだろう。
だからこそ、遠見総一朗も、玲衣さんではなく、琴音を俺の婚約者に選んだわけだ。
もちろん玲衣さんは俺の家に二人で戻ることを希望している。だけど、それが実現するかはわからない。
そういう状況を、俺が琴音を通して変えることはできるかもしれない。
もう一つ。遠見グループには重要な意味がある。
雨音さんは言っていた。俺の母さんや雨音さんの両親が大火災で死んだのは、遠見グループのせいだ、と。
だから、俺が遠見グループの人間になるのは、雨音さんは反対らしい。
けれど、逆に考えれば、その原因となった遠見グループに俺は内部から関わることができる。大火災の原因を知ることもできるかもしれないし、問題を抱えた遠見グループを良い方向へ変えていけるかもしれない。
それが今の、そして将来の俺の力でできるのかはともかく、可能性としてはありうる話だった。
琴音が俺の内心を見透かしたように、まっすぐに俺を見つめる。
「私は利用価値があります。そのために婚約者でいるのも、先輩にとってはアリだと思うんです」
「俺は、琴音の気持ちを利用したりなんてしない」
「でも、私はそれでもいいんですよ。婚約者でいるだけで、私にはかなりのアドバンテージです。姉さんや夏帆さんが悔しがっているのも面白いですし」
「琴音って……」
「やっぱり性格悪いでしょう? でも、今はそれでいいんです。ねえ、先輩、私との婚約を解消する方法、教えてあげましょうか」
「え?」
琴音は右手で指を2本立てた。
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