115話 女神様の妹・ふたたび(2)
俺は琴音を説得して、婚約解消を同意させないといけない。これはある種の交渉だ。
そうであるならば、琴音の頼みを何でも断ってしまうのも良くない。
琴音のお願いを聞けば、譲歩が引き出せるかもしれないし、心証も良くなる。
俺は仕方なく、琴音の隣に並んで座る。ちょっと間を空けた。
琴音が嬉しそうに顔を輝かせ、そして、すぐに俺の横ぴったりにくっつくくらいに距離を詰める。
「なんだかカップルみたいですね」
「そ、そう?」
「はい。先輩って女の子の部屋に入ったことないんじゃないですか?」
「俺だって夏帆の部屋には行ったことがあるよ……」
「幼馴染は反則でしょう?」
何が反則なのかはよくわからない……。
ただ、たしかに夏帆の部屋に行くのは幼い頃からのことで、家族ぐるみの付き合いがあったからという面が大きい。互いに部屋に入るのは慣れてしまっている。
玲衣さんと雨音さんは、もともと俺の家の住人なので、当然部屋に入ったことはない。屋敷の離れに引っ越してからも、玲衣さんたちが俺の部屋に来ることはあっても、逆はなかった。
ということで、「女の子の部屋に入ってドキドキ!」というシチュエーションは、琴音の部屋に来るのが初めてかもしれない。
急に、俺は琴音を意識させられた。ちらりと見ると、琴音も頬をほんのりと赤くして、ふふっと笑っている。
「先輩、照れちゃって可愛いですね」
「照れてなんかないよ」
「嘘。だって、顔が真っ赤だもの」
からかうように、いや甘えるように琴音が言う。姿見の鏡が置いてあったので、そちらをちらりと見ると、たしかに俺の顔は真っ赤だ。
完全に琴音のペースに呑まれている。
琴音はくすくすっと笑っていて、その表情はとても柔らかかった。
以前、玲衣さんに憎しみの目を向けいていたときとはまったく違う。
明るくなったな、と思う。
「私が今、楽しいのは先輩のおかげなんですよ」
不意打ちで琴音がそんなことをささやく。そして、俺の左手にそっと自分の小さな右手を重ねた。そのひんやりとした感触が、不思議と心地よかった。
そして、琴音は俺を上目遣いに見る。
「先輩は婚約の話を無しにしたいんですよね?」
「どうして知っているの?」
俺が驚いて聞くと、琴音は首を横に振った。
「誰かから聞いたわけではありません。でも、先輩が『大事な話』があるって言ったら、婚約のことしかないと思っていました」
「ああ、なるほど……」
琴音も、玲衣さんと同じく優等生だし、頭の回転も早い。
気がついて当然か。
「愛の告白だったら嬉しかったんですけどね。その可能性も2%ぐらいはあるかなと思っていました」
「……ごめん。俺は……琴音との婚約を解消しないといけない」
「認めませんから」
琴音は俺の言葉を遮って、強い口調で言う。
そして、今度は左手もつかって、ぎゅっと俺の右手を両手で包み込む。そのまま琴音は俺の右手を互いの胸のあたりの高さまで持ってきた。
まるで懇願するように琴音は俺の手を握りしめていた。
「先輩のとなりにいるのは、私ではダメですか?」
「それは……」
「私、自分で言うのも変ですけど、可愛いと思うんです。生まれも育ちも良いですし、お金持ちですし、頭も良いですし非の打ち所がありません」
「自信家だね。えっと、そのとおりだとは思うけど」
「先輩が認めてくれて嬉しいです。まあ、その性格はあまり良くないかもですけど……これからは先輩の理想の女の子になってみせます」
「嬉しいけど……でも……俺には」
「『玲衣さんがいる』ですか? そのセリフ、聞き飽きました。『俺には琴音がいる』って、絶対に言わせてみせます。それまで婚約は解消しません」
「でもね、琴音……」
「これはお祖父様が決めたことでもあります。そして、私は先輩が大好きなんです。だから、婚約は解消するつもりは、私にはまったくありません。諦めて、私と結婚してください、先輩♪」
琴音は楽しくてたまらないというふうに、そう言った。
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