116話 わたし/私と晴人くん/君の家
葉月市の大火災は、俺の母さんと雨音さんの両親が亡くなった事故だ。
市内の中心市街地の広範囲に延焼したが、火元は遠見グループのショッピングモールだとされていた。
「結局うやむやにされたけど、あの火災は遠見グループの安全管理に原因があると思ってる。私のお父さんやお母さん、晴人くんのお母様を奪った遠見グループに、晴人君が婿養子として入るなんて、私は反対」
雨音さんははっきり言った。
そんなふうに雨音さんは考えていたんだ。俺はちょっと驚く。
たしかにあの事故は俺から母さんたちを奪った。今でもあの日のことは覚えている。
俺も父さんも雨音さんも、みなが不幸になった。だが、それを遠見家と結びつけて考えたことはなかった。
発表では、火元からあそこまで延焼して大火災となった理由は不明だ。ショッピングモールにしても、最初に火事が起きたモール内の専門店は、遠見家の経営じゃない。全国チェーンの服屋だったはずだ。
だから、遠見家に大きな責任があるとは俺は考えていなかった。ところが、雨音さんは違うらしい。
「遠見家が隠蔽したの。信用失墜と巨額の損害賠償責任を回避したわけ。本当だったら、あのとき遠見家の命運はつきていたはず」
もし五年前の火事のときに遠見グループが破綻していれば、玲衣さんや琴音には、まったく違う運命があったはずだ。遠見家の令嬢として生活を送ることもなかったと思う。
雨音さんはそっと俺の頬に触れる。
「もし晴人君が琴音さんの婚約者になれば、一生を遠見グループに縛られる。あの陰湿な一族のせいで、晴人君が不幸になるなんて、そんなの、私は耐えられない」
雨音さんは絞り出すような声で言う。
たしかに、琴音との婚約は「琴音と結婚する」ことだけを意味するわけじゃない。
遠見総一朗も言っていたとおり、それは遠見グループの後継者候補になることを意味した。
一族の他の後継者候補は、遠見総一朗のお眼鏡にかなわないらしい。ただ、俺もそんな後継者たちよりも優秀であることを示し続けないといけない。
首尾よく正式に後継者になっても、今度は斜陽の遠見グループを経営するという難題が待ち受ける。
「私には晴人君には幸せでいてほしい。大事な従弟で、今は好きな人だもの」
さらっと雨音さんは言い、ふふっと笑う。
俺はその言葉に頬が熱くなるのを感じた。
雨音さんが俺を大事に思ってくれていることは知っている。今も昔も。雨音さんのためにも、琴音との婚約を解消しないといけない。
玲衣さんはそんな俺たちを見て頬を膨らませ、それから咳払いをする。
「わたしも晴人くんと琴音の婚約解消には協力するから。そうしないと、この家に戻れないし」
「そうだね。普通の婚約解消だったら、俺が断る意思を示すだけでいいんだろうけれど……」
「琴音とお祖父様は、晴人くんの婚約に強いこだわりがあると思うの。断ったら、強引な手段を使っても実現しようとするはず……」
玲衣さんを苦しめ、襲わせたり拉致したあの遠見家だ。権力を使って何をするかわからない。俺が抵抗すれば、玲衣さんや夏帆、雨音さんにも危害が加えられるかもしれない。
穏便に済まそうと思えば、琴音と遠見総一朗の同意を得るしかない。
ただ、それが難題だった。
とはいえ、遠見家当主で年配の遠見総一朗よりは、琴音を説得する方がまだ簡単な気がする。
琴音はわりと気分屋だし、今は俺を大好きと言ってくれるけれど、待っていればそのうち気も変わるんじゃないだろうか。
俺がそう言うと、玲衣さんと雨音さんは顔を見合わせた。
そして、二人は揃ってこちらを向く。
「それは無いと思う」「そのまま結婚しちゃうかも」
と口々に二人は言った。
雨音さんが人差し指を立てる。
「もちろん、可能性としてはあると思うけど、そのまま琴音さんが晴人君のことを大好きで結婚しちゃったらどうするわけ?」
「そんなことあるかな。まだ高校生と中学生だよ?
「私は晴人君のこと、五年前からずっと好きだけどな」
雨音さんが俺へのアプローチを会話の端々に混ぜてくる。
もう姉ではないと雨音さんが宣言したことを思い知らされる。
玲衣さんは玲衣さんで、俺を上目遣いに見た。
「18歳になったら結婚できるんだよ? 琴音が18歳になるまで3年しかないし」
「さ、3年もあるんじゃないかな……」
「たった3年だよ。3年経っても琴音の気持ちが変わらなかったら、遠見家は結婚を強行すると思うし……琴音の気持ちもきっと変わらない」
「どうしてそう思うの?」
「だって、きっとわたしは3年後も晴人くんのことを好きだと思うから」
そう言って、玲衣さんはえへへと笑った。
ふたたび玲衣さんと雨音さんは顔を見合わせると、バチバチと視線で火花を散らし始める。
こ、これでは話が進まない……。
「とりあえず、この部屋の荷物をまとめたらいったん遠見家の屋敷に戻ろう。ここに泊まるわけにもいかないし……」
玲衣さんと雨音さんはそれぞれうなずいた。
「うん。『晴人くんとわたしの家』を片付けたら、ね?」
「『私と晴人君の家』よね?」
玲衣さんと雨音さんが口々に言い、互いを睨む。
婚約の問題もそうだけど、前途多難だな……と俺は思った。
全部、俺のせいではあるのだけれど。
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