113話 女神様vs従姉
雨音さんはふふっと笑う。
「それって、宣戦布告?」
「はい。……あの、晴人くんと仲直りしたんですか?」
「私はいつでも晴人君とは仲良しだよ」
「でも、さっきは……」
雨音さんが感情的になって出ていったから、玲衣さんも心配していたんだと思う。
けれど、雨音さんはくすっと笑うと、急に隣の俺を抱き寄せた。
むぎゅっと抱きしめられ、俺は赤面する
「ちょっ……あ、雨音さん!?」
「晴人くんってすぐ赤くなって可愛い!」
「や、やめてってば! 玲衣さんの前だし……」
「水琴さんの前だから、やっているに決まっているでしょう?」
そ、それはどういう意味……?と聞くまでもなかった。
雨音さんは俺の背中に手を回したまま、水琴さんに見せつけるように俺に胸を押し当てる。
玲衣さんも顔を真っ赤にして、雨音さんを指差す。
「あ、雨音さん……そんなハレンチなの、ダメです……!」
「水琴さんだって、夏帆たちだって、これぐらい平気でしているでしょう?」
「で、でも、雨音さんは晴人くんのお姉さんでしょう?」
「それは、もうやめたの」
「や、やめたって、どういうことですか? それに晴人くんも『雨音さん』って呼んでいたのは……?」
「晴人君も、私を『姉』ではなくて『女の子』として見てくれることになったの」
雨音さんはにっこりと笑って、そう言う。俺は慌てて雨音さんを止めようとしたが、俺自身が抱きしめられている状況なので、どうしようもない。
玲衣さんが口をぱくぱくさせる。
「そ、それって……」
「ごめんね。水琴さんの言う通り、私は嘘をつかないことにしたの。晴人くんは私のものだから」
雨音さんは満面の笑みで宣言する。玲衣さんはショックを受けたように固まる。
「……っ! は、晴人くん、もしかして、雨音さんに告白されて、受け入れちゃたの!?」
「う、受け入れていないよ……えっと、でも、告白されたのはそうだけど……」
「そ、そうなんだ……あ、雨音さん! それなら晴人くんを放してください!」
「どうして?」
「だって、晴人くんはわたしのものだもの!」
「晴人君は私のもの。ずっと晴人くんのそばにいたのは、わたし。水琴さんよりも、夏帆よりも、私のほうが晴人君と過ごした時間は長いんだから」
「過ごした時間の長さよりも、大切なものがあるはずです」
「それって何?」
「そ、それは……」
「あとね、私は従姉で、玲衣さんははとこでしょう? 私の方が晴人くんとの血のつながりだって強いの。晴人くんの趣味だって、私の方がずっとよく知っている。年上だし、大人な美人だし!」
「じ、自分で言いますか? それ?」
「事実だもの。つまり、私が晴人君の『理想の女の子』になれるってこと!」
雨音さんはやっと俺を開放すると、正面から玲衣さんに向き合った。玲衣さんも雨音さんに詰め寄る。
「それでも、わたしは晴人くんを渡しませんし、ここはわたしの家です!」
「この家は私と晴人君の家。今も昔もね」
玲衣さんの青い瞳と雨音さんの黒い瞳が互いを見つめ、バチバチと視線で火花を散らす。
今までは玲衣さんと夏帆が、あるいは玲衣さんと琴音がバトルすることは多かったけど、雨音さんはそんなみんなをくすくす笑いながら見守っていた。
でも、いまや雨音さんも玲衣さんと対決している。そして、その理由は……俺なのだ。
目の前で従姉とはとこが言い争っているのを見て、俺はどうすればいいか、わからなくなった。
玲衣さんが俺をジト目で睨む。
「晴人くんは、わたしと雨音さん、どっちとこの家に住むつもりなの?」
「私も知りたいな。もちろん、従姉の私よね?」
玲衣さんはむうっと頬を膨らませて、雨音さんはくすくすと笑いながら、俺を見つめる。
美少女と美人の視線が俺に注がれている。
俺は困ってしまって、壁際へと一歩後退する。玲衣さんも雨音さんも、一歩踏み出して、俺を追い詰めた。
答えない、という選択肢はなさそうだ。俺は「玲衣さんと……」と言いかけて、結局、勇気が出せなかった。