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112話 理想の女の子

 秋原家のアパートに戻ると、玲衣さんがまだ待っていた。

 本を読んでいたのか、床の座布団に座り込んで、うつらうつらとしている。

 疲れてしまったのかもしれない。


 その可愛らしい寝顔を見てから、俺と雨音さんは顔を見合わせる。そして、くすりと笑った。


 心配なのは、雨音さんと玲衣さんの関係だ。雨音さんは俺への思いをストレートに出して、これまでとは立場を変えている。


 玲衣さんは雨音さんにとって、恋敵だし、敵意を剥き出しにしたらどうしよう……?

 けれど、雨音さんは笑って首を横に振った。


「そんなことするわけないじゃない。私は晴人君たちより五歳も年上なんだよ?」


「年上の割には落ち着きがないような……?」


「あっ、晴人君ってばひどいんだから」


 雨音さんがくすくすっと笑う。


「それにね、私が水琴さんの味方をしてあげたかったのも、本当なの。だって、私は水琴さんとよく似ているし」


「雨音さんと玲衣さんが似ているって……すごく美人なところは似ているとは思うけど……」


 俺はついうっかり口をすべらす。雨音さんはさっと顔を赤らめた。そして、恥ずかしそうにもじもじとする。


「女の子にそういうこと、平気で言うのは良くないと思うな。晴人君の女たらし!」


「ご、ごめん」


「でも……なんか、晴人君に美人って言われると、とても嬉しいな……」


「ま、前も言ったことあるような……」


 そういうとき、雨音さんは余裕の笑みで、「晴人君も男の子ね!」なんて言ってからかうだけだった。でも、今の雨音さんは乙女のように恥じらっている。


「だって、そのときは私は『晴人くんのお姉さん』だったもの。正直に思ったことを言えるはずもない」


 それはそうかもしれない。今みたいに恥ずかしがっていたら、好意を持っているのがバレバレだ。

 そして、俺への好意を隠す必要がなくなった以上、雨音さんのデフォルトは、こんなふうな甘えるような反応になるわけだ。


 話がそれてしまった。


「それで似ているって、どういうこと?」


「一つは晴人君の言った通りなんだけどね。水琴さんも私もかなりハイスペックでしょう」


「自分で言う?」


「事実だもの」


 しれっと雨音さんは言う。まあ、たしかに、美人で頭も良くて、学校一目立つ完璧超人……というところは昔の雨音さんと今の玲衣さんは共通している。


 ただし、社交的な雨音さんと違って、玲衣さんは人付き合いが得意ではなさそうだけど。

 

「それに、水琴さんも私も、事故で両親を失っているし」


 はっとした。たしかにそうだ。雨音さんの両親は葉月市の大火災で、水琴さんの両親は船の事故で亡くなっている。


 そして、雨音さんは俺の家で暮らすようになり、水琴さんは遠見の屋敷へ引き取られた。

 雨音さんが優しい目で俺を見つめる。


「あの事故は悲劇だったけど……でも、私は晴人君や叔父様と暮らせて、本当に良かったと思ってるの。晴人君たちは私を本当の家族みたいに扱ってくれたから」


「雨音さんは俺の本当の家族だよ」


「ありがと。晴人君がそう言ってくれるから、私は幸せだった。でも、水琴さんはそうじゃなかったのよね」


 玲衣さんは遠見の屋敷で迫害を受けていた。異母妹の琴音たちをはじめ、遠見本家の人間からは白眼視されていたのだ。

 誰も家族と思えるような人間なんていなかったと思う。


 だからこそ、似たような境遇の雨音さんからしてみれば、放っておけなかったのかもしれない。

 雨音さんが身をかがめ、そして、ふわりと玲衣さんにコートをかけた。寒いから風邪を引くと思ったんだろう。


 雨音さんは、玲衣さんのきれいな銀色の髪をそっと慈しむように撫でた。

 そして、俺を振り返る。


「最後にもう一つ、共通点があったね。私も水琴さんも晴人君のことが好きなの」


 そう言われて、俺はうろたえた。そのとおりなのだけれど、言葉にされると恥ずかしい。

 

「水琴さんや夏帆は私のライバルだけど、私が一番年上なのは変わらないものね。だから、私がみんなを理不尽から守らなきゃ」


「水琴さんも雨音さんには感謝しているって言ってたよ」


「そうね。水琴さんとも仲良く出来るといいんだけど」


 そんなことを話していたら、眠っていた玲衣さんが目を覚ました。


「ううん……」


 寝ぼけた様子で、玲衣さんがきょろきょろと周りを見る。

 そして、俺と雨音さんを見上げ、びっくりした顔で青い目を見開く。


「は、晴人くん!? それに雨音さん!? 帰ってたんですか……?」


「水琴さんってば、眠っちゃったんだ。意外と抜けていて可愛いよね」


 雨音さんがからかうように玲衣さんに言う。玲衣さんは頬を赤らめる。


「そ、その……えっと……」


 俺は玲衣さんの手に持っている文庫本のタイトルを見た。そこには『黒後家蜘蛛の会 2』と書かれていた。

 

 たぶん部屋の本棚から取ったんだろうけど、俺はちょっと驚く。


 この本は俺の好きな推理小説だけれど、もう一つ重要な意味があった。

 玲衣さんが最初にこの家に来る前のこと。俺は教室玲衣さんに話しかけた。そのとき、玲衣さんが読んでいたのが、この『黒後家蜘蛛の会』の一巻目だったのだ。


 そのとき、玲衣さんは「つまらない」と言っていた。なのに、

 玲衣さんは申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「勝手に本棚から取ってごめんなさい……」


「いいよ。待たせちゃって悪かったし、それは気にしてない」


 ここは玲衣さんの家でもあるんだし、本棚の本ぐらい勝手にとってもかまわない。

 そう言おうと思ったけれど、隣にいる雨音さんの気持ちを考えると、俺は口ごもってしまった。


 この本棚は、俺と雨音さんの共通の趣味の推理小説が並んでいて、言ってみれば俺と雨音さんの共同生活の象徴だった。


 それを勝手に触られたら、雨音さんにとっては愉快ではないかもしれない。

 雨音さんはあまり気にしていなさそうだけれど、少なくとも「ここが玲衣さんの家」というのは避けた方が良さそうだ。


 それより気になることがある。


「その本、一巻目は面白くないって言ってたよね。なのに二巻目を読んでるの?」


 『黒後家蜘蛛の会』は短編集で、日本語訳だと五冊が出ている。いつも決まったメンバーが食事をしながら、ちょっとした事件を解決していくミステリだ。


 それぞれの短編は独立しているし、一巻目が面白くなかったら、二巻目を読むことはないと思う。

 玲衣さんが上目遣いに俺を見て、ちょっと照れたように銀色の髪を指先でいじる。


「は、晴人くんが面白いって言ってたから、読んでみようかなって……」


「そうなんだ。でも、無理をしなくてもいいのに」


 小説の面白さに絶対の基準なんてない。ある人が読んで面白い小説が、別の人が読んで面白くないのは普通にあることだと思う。


 趣味のかなり近い俺と雨音さんですらそうだった。だから、俺にとって面白い小説だからといって、玲衣さんが面白いと思う必要はない。


 でも、玲衣さんはふるふると首を横に振った。


「わたし、もっと晴人くんのこと、知りたいなって思ったの」


「お、俺のこと?」


「晴人くんが面白いって言うなら、どうして晴人くんが面白いと思うのか、知りたいなって。そうすれば、わたしは晴人くんのことをもっと知れて、晴人くんに選んでもらえる女の子になれる気がするの」


 そう言って、玲衣さんは微笑んだ。

 玲衣さんは、夏帆の「恋愛の究極の目的はエッチ」という意見を否定して、選ばれることこそが幸せなのだと言っていた。


 その考えの現れが、この行動なのかもしれない。

 玲衣さんは甘えるように俺を見上げる。


「この本、借りてもいい? 一巻しか買っていなかったから」


「もちろん、いいけど」


「他にも晴人くんのおすすめを教えてほしいな。エッチなことなんてしなくても、わたしが選ばれる晴人くんの理想の女の子になるの。佐々木さんよりも、琴音よりも……雨音さんよりも」


 玲衣さんがちらっと雨音さんを見る。


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