109話 幸せを願う気持ちは嘘じゃない
俺はうなずいて、「そうだね」と言った。
「俺はずっと、雨音姉さんと同じ風景を見てきたつもりだった。でも、違ったのかもしれない」
雨音姉さんは虚をつかれたように目を見開き、そして、寂しそうに微笑んだ。
「そう。私はずっと君に隠し事をしていた」
「日記を読んだのは本当にごめん。そんなつもりはなかったんだ」
「いいの。置いてあったのは私のミス。全部回収していたはずだったのにね。これで『家族ごっこ』もおしまいね」
「え?」
「もともと私たち従姉弟だもの。あの火災さえなければ、本当はただの親戚だった。一緒に暮らすことなんて、無かったと思う。私は君の本当のお姉さんではなくて、偽物だもの」
「っ! そんなことないよ! 雨音姉さんは俺の大事な家族だ」
「私が君にそう言わせた。私は両親を失って家族もいなくなっちゃって、だから君を代わりにした。家族ごっこに付き合わせちゃってごめんね」
「どうしてそんなことを……」
「言うのかって? だって、これは事実だもの。私のエゴに君を付き合わせた。そうしなければ、15歳の私は耐えられなかったから。お父さんもお母さんもいなくなって、親戚の家に引き取られて、一人ぼっちの私は、君という『弟』がいなければ耐えられなかったの」
「それは俺も同じだよ。雨音姉さんがいたから、俺は……母さんがいなくなっても、耐えることができた」
「ううん。君には他にも大事な人がたくさんいたでしょう? 叔父様も、夏帆も、夏帆のお母様もみんな君の味方だった」
「それは……そうだけど。でも、雨音姉さんがいてくれて、俺は本当に助かったんだよ」
「君がそう言ってくれて良かった」
雨音姉さんはふわりととても綺麗な笑みを浮かべた。それは俺が今まで見た雨音姉さんの表情で、一番大人びていた。
思わず、どきりとする。俺は雨音姉さんをずっと「姉」として見てきたはずだ。でも、今の俺は……。
そこで、俺はさっきから感じていた違和感の正体に気づく。
「どうしてさっきから、俺のことを『君』って呼ぶのさ? どうしていつもみたいに『晴人君』って名前で呼ばないの?」
「だって、私にはもうその資格はないもの。私は君のお姉さんではいられない。なのに、君を弟みたいに名前で呼ぶ資格はないよ」
「……俺は雨音姉さんの弟だ」
「私は君の姉じゃない。私はね、卑怯なの。君のお姉さんだから、私には居場所があった。だから、私はその役割を演じた。君と夏帆の仲を応援して、水琴さんを助けてあげて、そうしていれば、私は君の頼れるお姉さんでいられる。自分の気持ちに嘘をついて、ずっとずっと、この先も君のお姉さんでいるつもりだった。君は、私にこの先もそうするべきだと言うの?」
「俺はそんなこと言ってないよ。俺は雨音姉さんに無理なんてしてほしくない。幸せでいてほしい」
「でも、その無理をしないと、私は君の姉ではいられない。日記を見られたのなら、なおさら。日記にどんなことが書いてあったか言ってくれる?」
「それは、その……誕生日パーティーを開いたことを喜んでくれたりとか……」
「もっといろいろ書いてあったでしょう? 私は夏帆に嫉妬したり、下着を洗ってもらうのに照れたり、晴人君の布団に忍び込む妄想をしたり……ね?」
雨音姉さんはいたずらっぽくウインクをしてみせる。でも、その表情は作り物みたいで、まさしく無理をしているように見えた。
すみません。予約投稿しましたので、来週からは毎週土曜日に完結まで投稿します!
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