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108話 晴人と雨音の夜景

 雨音姉さんはどこへ行っただろうか?

 携帯にかけても出てくれない。夜も遅いし、不安になる。


 この街はそんなに治安も良くないし、雨音姉さんみたいな美人が一人で出歩いていたら、危険なこともあると思う。前に玲衣さんが襲われそうになったこともあったし……。


 それに、雨音姉さんはコートも羽織らずに薄着で衝動的に出ていってしまった。薄手のTシャツにカーディガン、ショートパンツという格好なので、風邪を引かないか心配だ。

 一応、雨音姉さんのコートも持ってきている。


「雨音姉さんの行きそうなところ、か……」


 俺はアパートの階段を降りながら、考える。


 俺と顔を合わせたくないだろうから、遠見の屋敷には戻らないだろう。

 だからといって、他に行く所があるだろうか。友人の家に泊まるのも考えられるけれど……。


 ずっと一緒にいたのだから、こういうとき、雨音姉さんがどこに行くか、想像できてもよいはずだ。

 そのぐらいの時間を、俺たち二人は共有していた。


 自然と俺の足は、アパートに面した坂道を上がっていく。この街は坂が多い。そして、近所の坂の上には公園があったはずだ。

 

 雨音姉さんのお気に入りの場所で、小学生だった俺を、女子高生の雨音姉さんがよく連れて行ってくれたっけ……。


 数分ほどで、高台の公園につく。

 見晴らしも良くて、夜景スポットとしても有名だった。


 ベンチの並んでいるあたりは、ちょうど坂の下が一望できる。


 周りを見ると、カップルも何組かいる。中にはキスとか、それ以上のことをして、イチャついているカップルもいて、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。


 そんななかに雨音姉さんはいた。ベンチでぼんやりとひとり座り込んでいる。


 その姿は、儚げで、そして少し幼さすら感じて……。女子高生時代の傷ついて弱っていた雨音姉さんを思い出してしまう。


「……雨音姉さん」


 俺が声をかけると、雨音姉さんはびっくりした様子で立ち上がり、慌てて逃げ出そうとする。

 でも、逃がすわけにはいかなかった。俺は雨音姉さんの腕をつかむ。


「……っ! 離してよ!」


 雨音姉さんは俺の手を必死に振りほどこうとする。俺は慌てて引き留めようとし、結果として雨音姉さんを正面から抱き寄せるような格好になった。


「あっ……」


 雨音姉さんが口に手を当て、恥ずかしそうに目をそらす。


「晴人君……」


「ご、ごめん。わざとじゃないんだ。雨音姉さんと話がしたくて」


「……普段だったら、私がハグとかしているところだよね。でも、もうできないな」


「どうして?」


「だって、晴人君に私の気持ちを知られちゃったんだもの。もう今までと同じように、冗談ではできないよ」


「そっか」


「逃げたりしないから、離してくれる?」


 俺は雨音姉さんの求めに応じて、その身体を解放した。

 雨音姉さんが、はあっとため息をつく。そして、いつもみたいないたずらっぽい笑みを浮かべた。


「知ってると思うけど、ここってデートスポットなんだよね」


「まあ、周りにもカップルはたくさんいるよね」


「私たちも抱き合っていたから、カップルに見えたかな」


 雨音姉さんの言葉に、俺はうろたえる。一方、雨音姉さんは恥ずかしがる様子もなく、しれっとしていた。


「あの恥ずかしい日記を見られちゃったんだもの。考えてみれば、もう私は無敵よね!」


「た、立ち直りが早いね……」

 

「……全然、立ち直れてないよ。人生で一番ショックかも」


 雨音姉さんは小さな声で、そう言った。俺は無神経なことを言ったな、と後悔する。


「えっと、風邪ひくよ」


 俺は雨音姉さんにコートを差し出した。雨音姉さんはコートを受け取り、ふふっと笑う。


「晴人君は優しいね」

 俺と雨音姉さんは、自然と、公園の柵の向こう、坂の下の夜景を二人で眺めた。


 目の前には「夜景」というのもおこがましいような、住宅街のまばらな光があるだけだ。

 大都会の大学に通い、今ではアメリカに留学すらしている雨音姉さんからしてみれば、こんな夜景、1ドルの価値もない気がする。


 けれど、雨音姉さんはふわりと笑った。


「私、この風景が好き」


「どうして?」


「生まれ育った町に戻ってきたって気がするもの。それに、この風景はいつも晴人君……君と一緒に見ていたものだから。ね?」


 雨音姉さんが甘えるように俺を見る。

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