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路地裏の国のアリス  作者: 和泉キョーカ
ジャックドッグ編
5/28

ハチャメチャ実地授業

ディー&ダムは親の顔を知らないらしい。

 ある日、アリスは近所のスーパーマーケット近くの大通りのゴミ箱の上でコミックマガジンを読みふけるラルヴァを目撃し、話しかけた。

「よぉラルヴァ、エロ本でも読んでんのか?」

「あっはっは、残念ながらエロ本ではないよ。御覧の通り漫画さ。君も名前は知ってるだろ、『コズミックニンジャ・ロイ』。」

「あぁ~? あのガキが読むような奴か? あれを読むのは未経験者・・・・だけだぜ。」

「面白いけどねぇ。」

 言いつつも、アリスはラルヴァの読んでいるコミックマガジンを覗き込んだ。どうやら古い号らしく、表紙には二年前の日付が書いてある。

 作中で、コズミックニンジャ、という名で街の平和を守る青年の活躍の矛盾点を、ラルヴァは冷静に指摘していく。

「ここ、ニンジャはこんな長い物干し竿を背中に釣ったりはしない。」

「物干し竿? チンコのことか? んなでけぇチンコ、会ってみてぇな。」

「君、まだ十五歳だよね……。物干し竿ってのは、身の丈ほどもあるような日本刀のことね。」

「クラウドか?」

「あれ刀じゃなくて大剣。……あ、ここ、ニンジャは火を吹いたりしない。」

「サスケは吹いてるぞ。」

「あれは……あれも漫画だし。あとここ、ニンジャはビルの壁を駆け上ったりしないし、ひとっ跳びでエンパイア・ステイトビルのてっぺんまで登ったりしない。」

「……よぉ、サル公。テメェさっきからモノホンのニンジャは~、なんてほざきやがってるがよ。」

 アリスは、その細い眼をさらに細め、ラルヴァの肩に腕を回す。

「全部、お前がやってることじゃねぇか。」

 ラルヴァは苦笑しながら、頭をぽりぽりと掻いた。


「……まぁね。」


 ロードフランク一番街に向かう市街バスの後方座席で、ラルヴァはアリスに簡易的な授業を行う。

「アリス、この世には大まかに三種類の人種がある。全部言える?」

「あぁ? 人間、獣人、半獣人じゃねぇのか。」

「う~ん、半獣人は獣人と別人種のハーフだからね。獣人の内訳みたいなものさ。僕らに白人や黒人がいるようにね。あ、正解は『純人』、『獣人』、『異人』ね。」

「あぁそうそう、異人。思い出したわ、あのクソ忌々しいクソ……チッ、Son of a bich!」

 ガツンとすぐ前の座席を蹴るアリスに、ラルヴァは優しくその脚を下ろさせる。

「異人はまぁ、いわゆるモンスターだよね。アリス、君はオバケとか信じる?」

「アホか。」

「あはは、だよね。でも、昔から信じられてきた妖精や怪物、幽霊なんかは全部異人なんだよ。前まで積極的にこっちの世界に干渉しようとはしてなかったんだけど……。」

 そこで言葉を切り、ラルヴァは窓の外を睨みながら歯でタバコを上下に揺らすアリスの肩を叩いた。アリスが、ラルヴァが指さす先を見ると、そこにはがらんどうのバス車内の光景が広がっていた。

「……おいおい、今何時だよ。」

「朝の七時過ぎだよー。」

「嘘つけ、朝七時のロードフランクのバスがこんな有様であってたまるかよ、何が起こってやがる、ラルヴァ!」

 ラルヴァの襟を両手で掴んで揺するアリスに、ラルヴァはその真相を示唆させる発言をこぼした。

「ここ数週間、なんか人間界に積極的に進出してくるようになってさ……。」

「何が。」

「異人。」

 瞬間、周囲の風景が蠢き、バスの車内は、一瞬にしてピンク色の肉がひくひくと痙攣する、臓物の内部のようなものに変貌した。踏ん張ることもままならない柔い肉床を歩けば、にちゃにちゃと湿った音がする。

「……は?」

 唖然とするアリスとは対照的に、ラルヴァは立ち上がり、肉壁を触って何やら確認する。

「これは実地授業さ、アリス。なんとかしてここから脱出しなきゃ、あと数十分もすれば僕ら、胃液で人間スープだよ?」

「――ふッッざっけんなクソ野郎おおおおおぉぉぉ!!!」

 バスほどの大きさのある臓物の内部に、アリスの怒号が反響した。


「――は? 異人の腹ン中?」

『そうそう、いやぁ僕としたことが油断しちゃってさぁ~。 アリスもおかんむりだから、なんとか僕らの居場所見つけて助けてね~。』

 ぷちんと切れた電話の画面を見つめ、ハッターは冷や汗交じりに呟く。

「絶対楽しんでるよあのニンジャ……。」

「居場所を教えるのではなく『見つけろ』とは……彼にもいい加減にしてほしい所だな。」

 ハッター、ホワイトは、大ため息をつき、車庫へと向かうのであった。


「なぁオイ、酔っ払ってるならそう言えよ……今ならチンコぶっ飛ばすだけで済ますからよぉ……?」

「はっはっは、やだねぇアリス、僕がザルなの知ってるでしょ?」

「ッんのクソ脳みそベガスのテンション戦争放棄国家野郎!!」

「わー、難しい言葉覚えたねぇ、僕うれしいよ。」

 アリスの怒涛のラッシュパンチを飄々とした表情で躱し、逆にアリスの頭蓋を掴んで、ぐりっと百八十度回転させる。アリスとラルヴァの視線の先には、人体の二倍もあるような巨大な芋虫が、うぞうぞと大挙して二人に迫ってきていた。

「おっ……ええぇ……。」

 真っ青な顔で、一歩引きさがるアリス。

「君もう十五なんだからその虫嫌い治したら? ほらほら、拳銃出して。」

 そう言って、ラルヴァは着流しの袖に手を突っ込み、手品のようにサイズが圧倒的に袖と合わない、ラルヴァの身長ほどもある日本刀を取り出し、ゆるりと構えた。

 すぅ、と息を吸い、踏ん張りの効かない足場をものともせずに飛び出し、芋虫の大群を片端から斬り捨てていく。びちゃびちゃと芋虫の血やら内容物やらが飛び散り、お子様には見せられないような残骸が積みあがっていく。

「どうしたの? 死ぬよ?」

 赤いのか青いのかはっきりしない顔色のアリスは、俯いたままでわなわなと体を震わせていたが、とうとう激昂した表情で顔を上げ、エプロンドレスの裏から二挺拳銃を取り出した。

 ミス・ドルフィンの父親、マイケル・“オルカ”・ブランストンが運営する武器商社、『オーシャンキングダム社』が、本来の業務から外れて、アリスのために製造した世界にひとつずつしかない拳銃、その名も『A-OP1ハンプティ』&『A-OP2ダンプティ』。黒色のグリップにシルバーの銃身を持った、セミオートとフルオートを切り替えられる特殊拳銃マシンピストルだ。

「ドチクショウがあああああぁぁーーーッッ!!!」

 その得物をフルオートに設定し、射線上にいるラルヴァも気に留めず、芋虫たちを一掃する。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死に腐れェっ!!」

「わぁ、あの・・ゲームみたいなこと言うね。」

 ぶすぶすと芋虫たちの体躯に風穴があいていき、そこから青い粘質の液体がどろどろと流れ出てくる。さらには白かったり緑色だったりする内臓もはみ出してきたりと、虫嫌いなアリスにとってはまさに地獄絵図だった。

「何ッで人間の視界ってなぁモザイク処理できねぇんだよォ!!」

 もはや涙目でそう喚きながら、マガジンを交換し、まだ押し寄せてくる芋虫たちを蜂の巣にしていく。

「さて、こんなもんでいいかな。アリス、ちょっと引いて!」

 ラルヴァが指示を飛ばすと、彼女らしくもなくアリスはすぐに射撃をやめ、芋虫たちから目を背けた。それを確認し、ラルヴァは自分の胃の辺りを思い切り叩く。頬をいっぱいに膨らまし、芋虫たちに向かって口を開いた時、彼の口内からは火炎放射器もかくやという炎が噴き出た。

 炎に舐められた芋虫たちは、次々に風船に指を突っ込んだかのような音を上げて破裂していき、芋虫だったモノも、次々に炭化していく。

「さて、多分喉はこっちだと思うんだけど……。」

 ラルヴァの指す方向へ走り出す二人。しかし、今までいた臓物の出口は、遥か高所にあり、そこへ行くには、粘着質の肉壁を登らなければならなかった。ラルヴァは相変わらず飄々とした顔で、それを登攀していく。アリスもそれに続き、極限まで目を細めながら、肉壁をよじ登っていく。

 最後まで登り切り、細い通路の先に口腔のような開けた空間が見えた時だった。突如、二人の視界を遮り、さながらにリドリー・スコット映画のような異形の怪物が、二人の頭上からぶら下がるように現れたのだ。


 それは起こった。ロードフランクからリングホールへ向かう高速道路を疾走する、大型バスをはるかにしのぐ体躯の犬型異人と並走するオープンカーの助手席に座っていたハッターは、異人の食いしばった歯に亀裂が入り、ばりんと割れるのと同時に、口の中から超高速でナニカが彼方へ吹き飛んでいくのを確認した。そして次の瞬間、紫色の犬型異人は、その脚を止めた。口吻の上半分が、天高く雲と消えたからだ。そして、その舌の上には、ハイキックの状態で固まった、瞳孔の開ききったアリスが立っていた。その目は、オレンジ色に光っている。

 息絶え、頭から滑るように失速して動かなくなった異人から優雅とも言えるような所作で降りるアリスと、これ以上ないほどの苦笑で後に続くラルヴァ。

 さっさとオープンカーの後部座席に落ち着いて無言でタバコを吸い始めるアリスを傍目に、ハッターはラルヴァに状況の説明を求める。

「あぁ、多分虫嫌いがピークに達して、脳みそが危機的状況だと判断、フシギが起動しちゃったんじゃないかなって。」

「虫嫌い? 中で何があったんだよ?」

「寄生虫相手に薬莢パーティ……かな。」

 そうして、一応の職務としてやってきた、ほぼやる気のない警察とハイタッチをして、ハッターとラルヴァはオープンカーに乗り、本拠地へと帰途についた。


「アリス、異人についての実地授業、どうだった?」

「サイコーだった。今すぐお前を殺したいくらい心が高揚したよ。」

 瞳孔が開き、獣のような形相になっているアリスは、そう言って銃口をラルヴァの頬に押し付けた。

「ごめんごめん、最近よくない噂を聞いてさ。」

「……お前の言う『噂』は九割九分『事実』だ。言ってみろ。」

「ほら、建築業の『スカーレット社』、あるでしょ?」

「あぁ、知ってるぜ。この街いちのバレバレ闇会社だ。あそこの兵士とはやり合いたくねぇな。」

「あそこが異人と手を組んだって情報を仕入れてさぁ……。」

「「ハァ!!?」」

 ハッターとホワイトが、同時に素っ頓狂な声を上げる。困惑している様子の二人を差し置いて、ラルヴァは仕入れてきた情報の開示を続ける。

「さらに新しい依頼人が今頃本拠地に着いてる頃だと思うよ。」

「誰だ、そいつは。」

イイコト・・・・に手を出してない大手不動産の『クイックチェイン社』の若き社長さんだよ。」

「なんとなく依頼が予想できるんだよなァ……。」

 冷や汗をかくハッターの予想は、的中していた。


「ミス・アリス、お初にお目にかかる。不動産会社、クイックチェイン社長、ノエル・サクソンだ。よろしく頼む。」

 くすみも汚れもないきれいな金髪をオールバックにかためた、二十代前半と言った風貌の青年は、そう言って握手を求める。しかし、アリスはその手をはたき、いつものソファに寝転び、明後日の方向を向いてしまう。

「……あ、あの……。」

「悪いねあんちゃん、今お嬢最高に機嫌が悪いんだ。殺されなかっただけ幸せと思ってくれ……。」

 心からの吃驚の表情を見せるノエルに、マーチはマグカップ入りの紅茶を差し出した。

 十分ほどたったころ、アリスがようやく口を開いた。

「用がないンなら帰れ、ヨソもんが。要件言うか帰るかしなきゃ、お前が着てるその真新しいスーツが真っ赤になるぜ。」

「……やはりこの街は理不尽だらけだな……。まぁ、慣れた。今回私が君たちに依頼するのは、超大手建築会社のスカーレット社長、『カーティス・スカーレット』の殺害だ。」

「拒否する。」

「なッ!?」

「何でも屋だって依頼を拒むときもあるんだよ。いいかヨソもん、あの会社はなァ、どんなマフィアだってなるべくなら敵に回したくないほどの影響力を持ってる。わたしだってあのジジイに恩がある。恩人を撃つなんざ……。」

「報酬に天井は設けん、好きな額を言ってくれ。」

「乗った!」

 アリスは、獣のような形相のまま、即座に飛び起きノエルに肉薄して、恐ろしい笑顔でその手を掴んでブンブンと上下に振った。その場にいた他のメンバーは、ある者は頭を、ある者は胃の辺りを抱えて首を振るのであった。


「お嬢……情緒不安定すぎるぜ……。」

 会議室で、ハッターは自作の胃薬を飲み、ターゲットの基本情報が記されたファイルを読み込んでいた。当のアリスはと言えば、相も変わらず獣の表情でスカーレット社のホームページを見ている。

「ホワイト、アリス楽しそう。何があったの。」

 そうホワイトに尋ねるのは、滅多にセダンのトランクから出てこない眠り鼠のダンテだ。ホワイトは、普段アリスとあまり接しないダンテに、アリスの表情と感情の関係性を説明した。

「死んだ目でイライラしているのがアリスの普段の機嫌だ。キラキラした目で笑っているのが機嫌がいい時、あのチェシャもかくやって顔が、ストレスが頂点まで溜まってる時だ。あの状態ではいろんな感情がごちゃ混ぜになっていて危険なんだ。」

「そう。アリスは今危険なんだな。」

「そうだ。」

「それをわたしに聞こえるように言ってるってなァ殺されてぇっつぅことか?」

 そうは言うものの、アリスは何もせず、今度はネット通販のページをスクロールしている。

「お嬢、何見てるんだ?」

「あぁ? ドレス。」

「……はっ?」

「ドレスだよ。今度スカーレットカンパニーの総力を結集したとかいうタワーホテルが開業するから、開業パーティに混ざって情報収集する。」

「そういったパーティは招待状がいるだろう。」

「はーい、ここにあるよぉ。五人分。」

 ホワイトの指摘も、ラルヴァが見せた開業パーティ招待状五枚によって否定される。

「用意がよすぎないか……?」

「あぁ、安心しろ。そのパスは偽造だぜ。」

「フシギってのはこういう時に使わなくっちゃね!」

 そう言って、煙管を咥えるラルヴァ。その手の中で、招待状は煙のように揺らぎ、また元通りに戻った。笑うラルヴァの瞳も、赤からオレンジのグラデーションに輝いている。

「それで、五人というのはどういうことだ。」

「ここにいる五人だよ。わたし、ホワイト、ハッター、ラルヴァ、ダンテ。」

「ダンテもか?」

「護衛は多いほうがいいだろ。」

「開業パーティに裏の人間がいたらどうすんだよ、面割れてンだぜ、俺ら。」

「アホ、開業パーティで騒ぎ起こすのは三流中の三流だぜ。」

 結局、開業パーティに行くことは決定してしまった。

 ハッターとホワイトは、ただならぬ不安を抱えていたが、その不安が現実となるころには、もはや手遅れだった。

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